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ロシア週末紀行 其ノ四 雨ニモマケズモスクワを歩ク
タワーリシ各位、お疲れ様です。


人それぞれオーチンハラショーなゴールデンウィークを満喫されたことと存じます。


私は連休を利用してリトアニアに旅行に行ってきたのでブログに書こうなんて思っていたのですが、皆様ご存知の通りこれまでの週末紀行ネタの更新が追いついていないのが現状です(笑)このため、まずはテンポよく記事を更新し実際のカレンダーに追いくことを目標にしますよ・・・


(11月10日のお話)
この日は雨がぱらついていたのですが、ミーシャ夫妻は今日の電車でヤロスラヴリに帰ってしまうので、多少の雨には負けずトヴェルスカヤ通りТверская улицаをトコトコと歩きましたよ。


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プーシキン広場にはその名の通り詩人アレクサンドル・プーシキンの像が立っています。


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Тверская улицаの名の通り、ここをひたすら進んで行けばトヴェリ(Тверь)に到着するんですよね・・・?


この通りはソ連時代にはゴーリキー通りУлица Горькогоと呼ばれていたんですよね。ちなみにミーシャ達の故郷であるニジニノヴゴロドНижний Новгородはゴーリキー市と呼ばれていました。もちろんニジニノヴゴロドはゴーリキーの故郷でもあります。


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ここの本屋には留学中もよく来ていたっけ・・・ここと新アルバート沿いにあるドーム・クニーギィДом Книгиと、キタイ・ゴーラドのあたりにあるビブリオグローブスБиблиоГлобусにはよく通ったものです。


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まだ午前中でしたし天気のせいもあるのか、人通りも車通りも少ない模様でした。


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Тверская улицаをもう少し下ったところには、モスクワの街の建設者であるユーリー・ドルゴルーキーЮрий Долгорукийの像があります。


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1947年のモスクワ800周年の際に建立された、と。ということは今年でモスクワは867歳ということですね。


更に通りを下っていくと、カメルゲルスキー横丁Камергерский переулокという通りがあるのですが、ここはモスクワ芸術座があることで有名な通りですね。


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モスクワ芸術座の隣の建物にある付属演劇学校(Школа-студия МХАТ)。


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そしてこちらが泣く子も黙るモスクワ芸術座です。今回の旅行で観劇も検討したのですが、「これだ!」というような作品があまりなかったんですよね・・・次回は是非とも自分が原書で読んだことのある作品を観てみたいです。


以下、モスクワ芸術座のレパートリーのいくつか。


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ミハイル・ブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」


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アントン・チェーホフ「桜の園」・・・これがやってたら是非観たかった!


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アレクサンドル・オストロフスキー「森」・・・留学中に辞書を引き引き読了した時は達成感もひとしおでした。


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ミハイル・ブルガーコフ「ゾイカの部屋」


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今晩はドストエフスキーの「罪と罰」とゴーゴリの「外套」の上演ですと。どちらもロシア文学の中では有名すぎる作品ですね。


モスクワ芸術座のお向かいには、そう、私の尊敬するアントン・チェーホフ大先生が佇んでおられるのです!


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1896年にサンクトペテルブルグで大失敗した「かもめ」の再演がここでうまくいくか気にしているのでしょうか・・・?


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そして、これってやっぱり新聞を広げたところを表しているのでしょうか?ミーシャとアリョーナにも尋ねてみましたが何だかまとまりませんでしたが・・・


通りをもう少し下っていくと反対側に見えてくるのが下のエルモーロワ劇場。


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ここを通るたびに劇場があるな、とは思っていたのですが結局一度も観たことはありませんけどね。


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マネージ広場の方を見遣るとソチ五輪までのカウントダウンが為されていました。今や五輪も終わり、冬も明け、端午の節句も終わりましたね(笑)


雨もぱらついていましたし、朝から何も食べていなかったこともあり我々はОхотный ряд(アホートヌィ・リャト)の中に入り、フードコートにて腰を下ろすことにしました。


結構沢山のお店が入っていたのですが、選んだのはテレモークТеремокというブリヌィのお店です。


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悩んだ挙句、サーモンのブリヌィにしました。久しぶりに食べたけど、やはり美味しい。他にはサラダ「ヴィネグレッド」と安定の白樺ジュースです(笑)最近はこちらでもベジタリアンメニューというのが流行っているのでしょうか、サラダを頼む際に"Постный?"と聞かれました。なるほど、こう言うのね、と思いました。


胃袋に有機物を入れた我々は再び街に出ることに。ミーシャとアリョーナはお昼過ぎの列車でヤロスに帰るのでそれまでしばし散策を続けました。


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昨日も見かけた「・・・これは夢か・・・?つまるところここはソ連か?」と思うほどの行列です。行列を見かけると興奮するタワーリシ各位もいらっしゃることでしょう・・・


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Романовый Юбилей・・・キリル文字のフォントも色々あってオモシロそうですよね。私のロシア語への興味の第一歩はキリル文字の形と言っても過言ではありません。皆様もオススメの入力フォントがあったら是非教えて下さいね。


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無名戦士の墓。大祖国戦争(第二次大戦)の際に祖国のために命を落とした名もない兵士達に対する感謝の念を示して作られた場所であるとか。


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タワーリシが立っている場所は「ロシア全道路の起点」であるとかないとか囁かれる場所です。ちなみにこの近くには同志レーニンやゴルバチョフ書記長などのそっくりさんが現れますので、旅行者の方はカメラを忘れずにどうぞ。


我々はここから赤の広場方面にトコトコと歩いて行きました。


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やっぱりモスクワに来たらここを観なきゃね!ということで聖ワシリー大聖堂Собор Василия Блаженногоです。この独特のデザインと色遣い・・・初めてここを訪れたのは2005年の夏と記憶していますが、何度見ても不思議な感覚を覚えます。


ちなみにこの聖堂の前の像は、ミーニンとパジャールスキーの像といって1605-1618年のロシア・ポーランド戦争(1605-1618年)の際に国民軍を結成し、ポーランド軍に占拠されていたモスクワを解放(1612年)した英雄的存在であるとか。ミーニンの生まれがニジニノヴゴロド州とのことで、ミーシャ達のふるさとにも同様の像があります。


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クレムリンの時計台。スパスカヤ塔というらしいのですが、クレムリンの公用門であり、大統領もこの門を使うとか。すなわち、ウラジーミル・プーチン大統領も然りということですよね・・・


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泣く子も黙る?グム百貨店。1921年に同志レーニンの命で開設されたとか。ウィンドウショッピングはいいかもしれませんが、いざ買い物をするとなると結構高いんじゃないでしょうか・・・


さて、いよいろミーシャとアリョーナとのお別れが近づいてきました。明日は月曜なので2人は仕事でしょうし、まだこれからヤロスラヴリに列車で戻らなくてはなりません。久方ぶりの再会でしたが元気そうな2人の顔を見ることが出来て何よりでした。


私はというと、今回の限られた滞在期間でイッパイ「会談」を詰め込んでしまったので、ミーシャ達と途中までメトロに乗ってУлица 1905 года(1905年通り)駅に向かいます。


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メトロ駅Площадь Революции(革命広場)の構内にてパシャリ。


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こうして我々は地下へと潜っていきました・・・ミーシャとアリョーナも午後の列車でヤロスに帰るのですがわざわざУлица 1905 годаまで送ってくれました。本当にありがたい限りです。ホームでガッシリと握手をしてお別れ。次はベルギーか、ヤロスか、あるいはニジニで会おうぜ!


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - ロシア, 14:45
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