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リトアニア週末紀行 其ノ一 東洋人のいない街
タワーリシ各位、お疲れ様です。


また今週も頑張ろう、と自分を奮い立たせて今日も会社に行ってきましたが、家に帰って来てホッと一息つけるのはいいものですね。そろそろ日本ではゴールデンウィークかな、なんて思っていたらあっという間にもう5月末かよ!と驚嘆せずにはいられませんが、当地でも5月頭が連休だったもので私はリトアニアを旅して来ました。リトアニアというとあまり日本人には馴染みのない国かと思いますが、なかなか素敵な滞在期間を過ごすことが出来ましたので、主に写真を中心にその模様をお伝え出来ればと存じます。


(5月1日のお話)


いつも連休の1日目くらいゆっくり休めばいいものを、と思っているのですが、どうも連休があると無理やり週末紀行をねじ込んでしまう癖があるみたいです。毎度の如く「もう我慢ならねえ、リトアニア行ってくる・・・!」といって出立を迎えたのですが、今回も前日少々遅くまで仕事をしていたため眠い目をこすりながらも安全運転で空港に向かいました(笑)





往路はブリュッセルからスカンジナビア航空にて離陸し、コペンハーゲン経由にてリトアニアの首都であるヴィリニュスに着陸します。ヴィリニュスの空港はかなりこじんまりとしていますね。


空港からはタクシーを使っちゃいましたが運ちゃんが飛ばすこと飛ばすこと!旧市街のホテルまで15分もかからないくらいでした。ガイドブックに書いてある相場より高い値段を言ってきたら「おっさん、ガイドブックより高いぜ」と言ってみようと思っていたのですが、相場通りの値段でした。50リタス也。リトアニアの通貨はLitasリタスです。1ユーロが3.45リタスとのことですが、15年からユーロ導入を目指しているとか。


私は荷物を持って歩くのが嫌いなので、まずは旅先についたらホテルに入って荷物を置き、一息ついてから街に出るのがいつものスタイルになっています。これが疲労困憊している際にはひと眠りになる時もあります。今回はひと息とひと眠りの間くらいでした(笑)


タクシーの飛ばしっぷりにはヒヤリとしましたが、リトアニアってEU圏内で最も交通事故の多い国だそうです。街歩きには細心の注意を払わねば。それにしても街を歩いていてもアジア人が全くいないですね。そして寒い・・・ベルギーの感覚で薄いジャケットを着てきたのですが、風が吹くと結構寒いです。


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ホテルから歩いて5分くらいのところにある大聖堂。ヴィリニュスのシンボルとされているそうです。天気もいいし綺麗ですね。手前の鐘楼の高さは53mだそうです。


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大聖堂の建築は、クラシック様式であるとのことです。毎度のことながら建築様式に対する理解を深めることが急務と感じざるを得ません(笑)どうせ何度も通るだろうと思ってこの時は内部を見学しませんでした。


特にどこに行く当てもなかったので、この広場につながるメインストリートであるゲディミノ大通りをトコトコ歩いていってみました。欧州諸国でもよく見るようなホテルやブランドショップ、マクドナルドやカフェなんかも多く、結構たくさんのナロードが闊歩していましたよ。


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リトアニアのキオスク。SPAUDAの意味を調べてみたら「プレス」とのこと。


どの辺まで来たんだろうと思って地図を見たら近くに国立オペラ・バレエ劇場があるらしい。早速行ってみましたが・・・


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迫力はなかなかですが人気(ひとけ)が全くない・・・地図上でも少し市街から外れた辺りに位置しているみたいですが、劇場案内はガイドブックにも載ってたので、時間かシーズンの問題でこんなに寂しいのでしょうね。


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オペラ・バレエの様々な登場人物と思われる像が並んでいました。


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わかる・・・僕にもリトアニア語がわかるぞ・・・!


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演目を調べてみたところ、「トリスタンとイズー」、「雪の女王」、そして「アンナ・カレーニナ」などがありました。


旧市街の端の方まで来てしまったようなので、今度はゲディミノ大通りを引き返さずにそのまま南に下って旧市街の中心の方へ戻ってみることにしました。ヴィリニュス旧市街は東ヨーロッパ(ってどのへんだろう笑)で最も広い旧市街のひとつらしいのですが、車1台が通るのもやっとというような通りもあって寂しい通りも多いです。バスなんかも大通りにしか走っていないみたいでした。


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ブルース・リーのファンが始めたカフェかな・・・?料理があるとしたらどんなものが出てくるのでしょう(笑)


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地球の歩き方の地図によるとここはラドヴィラ家の館であるとのことなのですが、日本語ではあまり情報がない模様。17世紀末にヤノシュ・ラドヴィラの家族のために建てられたお屋敷で、現在はリトアニア芸術博物館の分館になっているらしいです。


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ヴィリニュスでもレンタサイクルが人気なのでしょうか?ベルギーではこういった形の貸し自転車が非常にポピュラーで、クレジットカードですぐに決済して借りることが出来ます。私も2回ほど利用したことがありますが、ギアもしっかりしていて意外に乗りやすいんですよ。


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聖キャサリン教会。外壁の色がなかなかステキですよね。


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演劇と音楽と映画の博物館。リトアニアの表現芸術について触れられるそうです。時間のせいかもう閉まっていたのかな?人も入っていなかった模様でしたが、敷地内にあるパブというかレストランは結構人気がありそうでした。舞台デザインや衣装なんかは少し観てみたかったですね。


それにしても、観光客は結構出ているみたいですが相変わらず東洋人の姿が全くないです・・・こんな時は傾奇者の目に留まらぬようカロリーをいい感じに消費するくらいの早歩きで闊歩するに限りますよね。


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セグウェイのレンタル屋も結構あちこちで見かけましたよ。ラトヴィアのリガやウクライナのキエフに行った時もよく見かけました。日本ではお目にかかったことがなかったですが、こっちにあったんですね。


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この建物は何でしょう・・・SUGIHARAって書いてあります。実はというかやっぱりというか、私の訪リトアニアの目的の1つはSUGIHARAなのですが、ここまで唐突に現れるとは。周りを少し見てみましたが結局建物との関連性はわからず仕舞いでした。


このSUGIHARAの建物を曲がってしばらく進んで行くとフランシスコ教会というのがあるらしいのですが・・・


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なんと!教会の敷地内(というか公園?)に2匹のお犬様が仲良くつながれておりました。飼い主はどこいったんだろう(笑)左の方向に興味津々な感じですね。


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フランシスコ教会。なんだかかなり古そうな感じですね。ヴィリニュス旧市街は限られた範囲にしては教会の数がとても多く感じられました。ガイドブックの地図には載っていても説明がないものが多いようですが、それだけ人々の信仰が熱心であったということでしょうか。


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公園内には同志レーニンでないことだけは間違いないどなたかが腰かけていらっしゃったようでしたが、名前を調べてみるとJózef Montwiłłというポーランド系の銀行家・慈善事業家らしいのですが、なぜここに?やっぱり教会に寄付とかしていたからでしょうかね。


さて次はどのあたりに歩いていってみようと地図を開くと、なんと近くにロシア・ドラマ劇場があることが判明しました。駆け出し俳優としては表敬訪問しないわけにはいかない、となったのでそのまま通りを歩いて行きました。


やっぱり結構車通りが激しいかも・・・なんて思いながら歩いていると、「チンギスハーナス」なんて名前のレストランに出くわしました。


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名前からするとモンゴル料理?なんて思ったのですが、入り口の横の広告?を見てみると「ウズベク風プロフ」なんて書いてありました。ははあ、するってえと中央アジア料理ですね・・・看板の文字の落ち具合からすると結構長年営業してそうな雰囲気です。


チンギスハーナスを通り過ぎてしばらくいくと・・・劇場らしき建物が見えて来ました。


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こういうのもアフィーシャって言っていいのでしょうか?ゴーゴリやプーシキンなど様々な演目が載っていましたが、ブルガーコフの「ゾイカの部屋(Зойкина квартира)」がプレミアということで推されていたようです。


何年前か忘れましたが、いつだったかどこかの大学の劇団がこの劇を演じていたのを観て結構嫉妬した思い出があったことを思い出しました(笑)


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というわけで、こちらがヴィリニュスのロシア・ドラマ劇場です。チェーホフ劇がやっていたら迷わず観ていたんだけどなあ・・・!


よし、これでリトアニアでもロシア的なるものに触れたぜ・・・なんて思って何の気なしに左の坂の上の方角を見遣ると、なななんと!そこには更にロシア的なるものが無言で私の到着を待っていたのです・・・!(笑)


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - リトアニア, 06:53
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リトアニア週末紀行 其ノ二 「ベルギービールはある・・・でもご当地ビールがないんだなあ!」
(5月1日のお話の続き)


さて、そこで無言で私の到着を待っていた更にロシア的なるものとは何だったのかって・・・!?(笑)


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じゃじゃ〜ん!坂の上に現れたのはご覧のロシア正教会でした!何だか足が赴いたと思ったら密かに呼んでいてくれたんですね・・・


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中に入れるかと思って近づいてみましたが、どうやら閉館中。


いやいや、閉館してようが開館してようが、ロシア正教会はいつだってロシア正教会です。つまるところ、泣いたり笑ったりしてもロシアはいつもそのヒンヤリとした冷たさで僕に接してくれるのです(笑)


ここまで来ると人通りも結構少なくなってきて旧市街から離れたかという気がしたので、また中心の方へ戻ろうと思い踵を返しました。すると、来た時には気づきませんでしたがなんと我が国の旗が風に翻っているではありませんか!


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Finland, Nippon, あと1つはNorwayかな・・・?


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建物の全体像はこんな感じ。摺り足で歩みを進め近づいて行ってみると・・・?


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読んで字の如く、日本国大使公邸でございました。すごいロケーションにあるんですね。


大使が朝起きて「あ〜あ、眠いなあ・・・でも今日も在留邦人のタワーリシ各位と我が国のために頑張るぞ〜」なんて言うかどうかはともかくとして、窓を開けたらそこにはネギ坊主が見える、と。露西亜好きの大使だったら堪らないでしょうね(笑)でも、露西亜嫌いの大使だったら臥薪嘗胆ですか・・・


今度こそ旧市街の方へ戻るべく、そしてディナーへの準備運動をすべく早歩きで歩みを進めていきます。


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ヴィリニュスの街にもあちこちにご覧のようなCity mapがありましたが、現在地と主要観光名所の判りやすさはキエフに軍配があがりますね・・・


旧市街の中心に戻って地図を眺めてみたのですが、結構ロシア正教会が多い模様ですね。ただしあの特徴的なクーポルはなし。なぜなのでしょう・・・?


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"ХРИСТОС ВОСКРЕСЕ"「キリスト復活せり」とありました。


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内部ではお婆さんが忙しそうに花を入れ替えたり手入れをしたりしていましたが、結構訪問者も多いのでやりがいがありそうでした。


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教会の収入源になるであろうと思われるロシア正教グッズ。いまやFBよりXBの時代ですよね!(笑)


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教会を横から見た図。私が行った時には既に店じまいの途中でしたが、この辺りにはお土産物などの露店もたくさん出ていて賑やかそうです。


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旧市街のメインストリートであるPiliesピリエス通り。カフェ、レストラン、土産物屋、ホテルなどでとっても賑やかです。


この通りを抜けると、街歩きを開始した大聖堂の脇の辺りに出ます。


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大聖堂の横の広場では野外ライブ?のリハーサルが行われていました。楽器、歌、ダンスなどのパフォーマンスが次々に行われ、オーディエンスも体を揺すったり歌ったり、各人なりに楽しんでいました。天気も良かったし本当に気持ち良かったです。しっかし東洋人はいないです・・・


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どうやら今晩21時から生放送が始まるらしく、その前の公開リハーサルだったみたいですね。時折スクリーンに番組宣伝のようなものが流れていました。


さて、そろそろいい具合にお腹も空いてきたのでどこかお店に入ろうか、なんて思ってガイドブックをパラパラめくると、ビーバーの肉を出すなんていうレストランが目に留まりました。


ビーバーを食べる機会なんて滅多にあるもんじゃなし!と勇み足でレストラン「Lokys」に向かったのですが、どうやらこの日はパーティのような団体さんの予約が入っており、残り少ない席も一杯であるとのこと・・・残念ですが、チャンスがあれば滞在期間中にまた来ようかな、ということでお店を後にしました。


その後、やっぱりリトアニアの郷土料理が食べたいよなあ、と思い街を徘徊していると、断念した1軒目の程近くになかなか雰囲気がよさげな地元料理ビアレストラン的なお店がありました・・・!店内は激混みというわけではありませんが、なかなか活気づいています。私の前には初老のカップルが2組ほど待っていたのですが、その2組が席に案内されていよいよ私の番かと思っていると、待てど暮らせどウェイター・ウェイトレス諸氏が席の案内にやってこない・・・「おいおい、いくら東洋人が街にいないからってこの飢えた東洋人を見て見ぬフリかい・・・!?」とまでは言いませんでしたが、私の後ろに待っていたインド系?のタワーリシ3名もなんだか待ちくたびれた様子・・・


何回か手を挙げたりアイコンタクトとかしてたのですが、一向に案内される気配なし・・・これはいよいよ国際問題に発展か・・・?(笑)と思ったところ、先ほど案内された初老のカップルがお店の奥から戻ってきて旦那さんの方が「料理は2時間待ちですって・・・」と英語で教えてくれました。なるほど!これはどうやら見た目以上に厨房がてんやわんやであるということですね。流石に2時間も待てないので私も彼らと一緒にお店を出ました。ご丁寧に教えてくれてありがとうございます。リトアニア語でありがとうは「アチュー」と言います。


いよいよお腹も空いてきたのですが、これからまた新しいところに入って長い時間待つのも面倒だなあ・・・ということで、もうこうなっては致し方ない、最初に出会った時に既に始まっていたのね、という気持ちで先ほど通り過ぎたウズベク料理レストラン?「チンギスハーナス」に向かいました(笑)


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(ご参考)前回記事より「チンギスハーナス」


意を決してドアに手をかけ店内に入っていくと・・・入口に段差がありいきなり転びそうになってしまいました。その結果、ドアベルが大きな音で鳴ってしまい店内のお客さんたちから注目・・・といっても店内にいたのは4組ほどで、安定の空き具合です(笑)


そして、毎度お馴染みかもしれませんが、私のような東洋人の突然の来店にウェイトレスの方は戸惑いを隠せない様子・・・


それでも"Один холостяк, можно?"「独身1名、よろしいでしょうか?」と言ってみたら、こちらがロシア語が解ると分かると割と丁寧に席に通してくれました。よ〜し、まずはご当地ビールを飲むぞ〜、ということで「リトアニアのビール一丁お願いします」と注文したところ、「グリンベルゲンしかおいてないの」と。


おいおいお嬢さん、グリンベルゲンてベルギーで結構有名なビールですよね・・・いやね、実は僕今日の夕方にベルギーから到着したとこなんすよ・・・なんて言おうかとも思ったのですが、ないものはないので結局グリンベルゲンを注文し乾杯(笑)色々歩き回ったのでビールが沁みわたってうまい!


恐る恐るメニューを開くと、結構厚くて様々な種類の料理が載っていました。ただし、密かに期待していたラグマンがないのはとっても残念でした・・・!!!


というわけで、これからメンバー紹介・・・ではなく、以下、私が敬意を払って頂いた料理の数々です。


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サラダ「アルマトゥイ」。色々な野菜が入っておりオリーブが利いていて美味しかったです。ビタミン補給はばっちり的なお味。


ウェイトレスさんに「チンギスハンってモンゴルですよね?」と聞いたところ「ええ、そうよ」と。続けて「でも料理はウズベク・・・シェフはウズベク人ですか?」と尋ねたところ、応へて曰く「オーナーはカザフ人。うちはウズベク料理とカザフ料理のお店なんです」とのこと。「お嬢さんは中央アジアと何か関係が?」と尋ねてみると、「そんなこと考えたこともなかったわ」というような表情を見せてくれました。


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ニシンと野菜の前菜。何を隠そう私はニシンが大好き!いつもは大変無口なわたくしですが、ニシンと少々のアルコールがあれば人並みにはしゃべることが出来ますよ。俳句では春の季語になるそうです。


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「とっくにご存知なんだろ・・・?これが泣く子も黙るウズベク風プロフだ・・・!」トマトサラダも付いてきてお得感もあるとかないとか。羊肉に最適と言われるグルジアワインの「サペラヴィ」をお供に頂きました。


私はワインについてもズブの素人ですが、たまにワイン通ぶってフランスやイタリーのワインのあれこれを得意げに語る輩が居る際には控えめにグルジアワインの話題を出すと効果てきめんですよ(笑)


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先に食事をしていた人たちが1組、また1組と帰りもはや貸切状態です。地下にも席があって、そっちでは結構どんちゃんやってるみたいでしたが、1階ではまっこと静かに食事をすることが出来ましたよ・・・


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なかなかステキなカウンターでしょう?でも、ビールはグリンベルゲンしかおいてないんだってさ・・・


お腹も一杯になったし、ビール・ワインもおかわりしていい気分でお店を後にした私。毎度の如くホテルまでは徒歩で帰り、少しでもカロリーを消費することを心がけました。明日以降どこか教会に入ったら今晩のカロリー超過を懺悔し、そして、未来に対する懺悔が有効なのか私は存じませんが、この先のカロリー超過も併せて懺悔するつもりです。


「明日は早起きしてカウナスに行くから、さっさと寝るぞ〜」なんて思いながらテクテクとホテルに到着。


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がしかし!リトアニアの地元ビールを飲まずに寝られるか!という意気込みが手伝ったのか、体は何故かホテルのバーに吸い込まれ、致し方なく1杯だけ飲んでから就寝しました。Svyturys Ekstraとかっていうやつ。


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バーでは紳士淑女の皆様が楽しく語らいあっていました。東洋人?もちろん僕以外にいませんでしたよ。


明日は鉄道でカウナスに行ってみるつもりです。寝坊しないといいのですが・・・


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - リトアニア, 06:13
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リトアニア週末紀行 其ノ三 目と耳で楽しむカウナス
(5月2日のお話)


さてさてリトアニア2日目の朝、寝坊もせずお酒も残らずに起きることが出来ました。今日は鉄道でカウナスを訪れてみます。カウナスでは博物館に行ったので写真多いよ(笑)


旧市街のホテルから駅までは歩きで約25分。朝のすがすがしい空気の中を歩いて行くのもいいものですが、曇りだったので少し寒い気もしました。結構路地が入り組んでいてくねくね曲がったりする箇所もあったので、大通りからバスに乗ったほうが楽でしょうね。


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駅に行く途中にあった市場。ハレス市場というそうです。キエフやリガでも市場にいったのでこちらでも入ってみたかったのですが、電車の時間もあったので今回は素通りしました。


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バスやトロリーバスはかなり年季の入った車両が多いみたいです。ウクライナの国旗を逆さまにしたようなバスですね。


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ヴィリニュス駅と、その手前にはソ連人と思われるお婆ちゃんがいます。


駅舎に入ると早速カウナス行きの切符を買いました。窓口では流石に問題なくロシア語が通じますね。


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早い時間のせいか行列はなし。


ヴィリニュス駅には鉄道博物館も併設されている模様です。私が駅に入った時はまだ開館していないようでしたが、興味がある方はぜひチェックしてみて下さい。


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リトアニア鉄道の実力や如何に・・・?私は鉄道についてもズブの素人ですが、きっと奥が深いんでしょうね。


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駅周辺のジオラマなんかも展示されています。ちょうどさっきお婆ちゃんを撮影したあたりがどの辺かわかりました。


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8:42発の列車でカウナスに向かいます。所要時間は約1時間40分てとこですね。


乗り込んだ車両は2階建で新しく、シートの脇には充電用の電源までついていてびっくりしました。


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階上の人の足音はたまに聞こえますけど、揺れも少なくて快適な旅でした。


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街を少し離れると森の真ん中にホームだけある、みたいな駅が次々と姿を現します。


そんなわけで本を読んだりウトウトしたりするうちに無事カウナスに到着。


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カウナス駅はご覧のような感じです。駅の周りには人が全然いない!地下道を通って道の反対側のバスターミナルへと向かいました。


バスターミナルの隣には中規模の市場が隣接されていて結構な賑わいでした。旧市街の方へ向かうべくまずはバスの切符を調達したかったのですが、どこで買ったらよいのかわからない。恐る恐るバスターミナル近くのキオスクで切符が売っていないか聞いてみたら、運転手から買ってくれとのことでした。なんだここでもロシア語通じるんじゃん。結局うまいことバスが来て切符も問題なく買えました。バスターミナルから旧市街までは少し距離があるので、バスを利用することをオススメします。


旧市街と新市街の間辺りにヴィリニアウスVilniaus通りという通りがあり、その辺りを狙って「う〜ん、、この辺りかなあ・・・」という辺りでバスを下車してみると、ほぼ正解の場所で降りることが出来ました。よかったよかった。

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旧大統領官邸でございます。敷地内は公園のようになっていて緑が多くいい環境でした。


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各所に昔のカウナスの写真ボードが展示されていました。戦時中の写真が多かった模様ですが言葉がわかりませんし、リトアニアの歴史にも明るくないのでピンと来ないのが残念・・・


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1919年〜1940年の間に3人の大統領が住まわれたとのことですが、敷地内にはその3人の像が涼しげに立っていました。


旧大統領官邸の周りをうろちょろした後はいよいよ旧市街に入っていきます。


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人が全然いない・・・まだ当地では平日のお昼前だからでしょうか・・?


地図を見てみると少し歩いて行って左折すれば民族楽器博物館があるらしいことがわかりました。これはいかないわけには行きませんね!


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というわけで、民族楽器博物館に到着しました。


入口のドアを開けて中に入っても受付に人がおらず、少し待っていると音に気付いたのか初老の女性の方が出てきました。「こんにちは、博物館を見学なさりたいの?」「ええ、そうです」「今準備するのでちょっと待ってて下さいな」ってな具合で、見学者は私しかいなく、わざわざ電気をつけたりして見せてくれました。


博物館1階の狭い空間には世界各国からの民族楽器が所狭しとひしめき合っていました。アマチュアミュージシャン(?)の私としては胸が高鳴る思いです(笑)


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こんな感じで、様々な種類の楽器が展示されています。


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楽器以外にも演奏している写真などもかかっているのがポイントです。


女性の方が「今日はどちらから?」と問うたので「日本人です。ベルギーから来ましたけど」と答えたところ、「そうですか!もちろん日本の楽器もこちらにありますよ」と教えてくれました。


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日本代表の三味線と尺八とお琴でございます。こんな遠い異国の地で日本のプレゼンス向上のために尽力していてくれたとは嬉しい限り!


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どちらも弾けない上に音符も読めない自分・・・


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よく見てみると中曽根さんからの感謝状も掛かっていましたよ。昭和63年の日付が記されていました。日ソ文化交流の一環としてこの博物館を訪れた際に、館長が我が国の民族楽器に非常に強い関心を示したそうですが、都山流尺八学会という財団法人のタワーリシ各位の粋な計らいで尺八と三味線が寄贈されたそうな。『これらの楽器の奏でる優雅な音色は、まさに日本人の「心」を表現したものといえましょう』なんて書いてあって、なんだか遠い日本を意識してしまいました・・・海外に出ている以上、行く先々の土地の方々からは日本代表と捉えられても致し方なし。しっかりと日本を説明できるようになりたいものです。


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弦が何本あるか数えるだけでも大変そうな楽器です。オカリナは久しぶりに見ました。


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「生まれ故郷の楽器、すなわち自らの心の一部を当博物館に寄贈下さった世界中の皆さんに心から感謝致します」


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手前のはポルトガルとスペインのカスタネット。真ん中の大き目のユニークな楽器はどこのだったろう・・・?


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右側には第2の故郷(?)ロシアの楽器がありました。この鳥の笛はお土産物屋なんかでもよく売っています。そしてなぜかわかりませんがホフロマ塗りの木製スプーンまでありましたよ(笑)写真に写っていませんが、もちろんバラライカやドムラもありましたとも。


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笛なんかはともかく、打楽器系は出来れば叩いて音を出してみたいところですね。


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リトアニアの民族楽器。長さによって出る音階の異なる棒を叩いて演奏するという理解で正しいのでしょうか・・・?


小さいながらも結構見応えがあるなあ、なんて思っていたら、「それでは次の展示へご案内」なんて係の人が仰る。2階の展示もあって実は結構大きい博物館だったんですね。


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こちらはリトアニアの農村の一場面でしょうか。


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見たこともない楽器。どんな音が出るのでしょう・・・


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こちらは管楽器の部屋でございます。


ちなみに見学の最中はそれぞれの展示楽器に関連した「民族楽器メドレー」みたいな感じの音楽をかけてくれますので、様々な音色を楽しむことが出来ますよ。


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かなりの点数の楽器があることは間違いありませんね。


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こちらは弦楽器の部屋でございます。


以下、魅惑の弦楽器の数々!


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リトアニアの弦楽器 kanklėsカンクレス。フィンランドにはカンテレという弦楽器があるそうですが、バルト海の周りで発達して楽器ということなのでしょうか。


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形自体はfenderのエレキギターのヘッドみたいですね。


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タテにもヨコにも弦がはりめぐらされている・・・?


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こんな風にして弾くみたいです。


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何だか不思議な楽器・・・右に掛かっている写真のように立って演奏するものなんですね。


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ミニチュア・カンクレス。


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そして極めつけ(?)は、こちらのテーブルベース!いやいや確かにテーブルに弦が張ってありますけど・・・音出るのかな?(笑)


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これは何かの儀式やお祭りなんかに使う仮面でしょうか。少しブキミでもあります・・・


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自然の中の精霊と交流出来そうな感じですね・・・


結構小さい博物館かと思ったけどかなり見応えがあったなあ、なんて思っていたら、「次はこちらへどうぞ」と別館に案内されました!まだあったんですね!


今度は「鍵盤楽器の館」です(笑)


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音符さえ読めたらなあ・・・とはいつも思うことです。


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ヴィリニュス製みたいです。ソ連時代は冷蔵庫ならミンスク、自動車/バスならゴーリキー、パヴロヴォ、カマとか、都市によって得意分野があった模様ですが、ヴィリニュスはどうだったんでしょうね?毎度恐縮ですが、詳しい方はご教示願います!


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「なんで僕に無理にでもピアノを習わせとかなかったのさ!!?」などと両親に文句を言ったことはないと記憶していますが、小さいころからピアノでも習っていたらまた違った現在(いま)があったのでしょうか・・・?とりあえず中高の合唱祭なんかではピアノ男子のことを凄いとばかり思っていた思い出があります。


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2階は屋根裏部屋?のような感じもしますが、沢山のベルが吊り下がっています。


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この場所には様々な種類の楽器が入り乱れて展示されていましたが、楽器の種類による分類ではないのでしょうかね?人物の写真も掲載されているので、リトアニア著名演奏家シリーズとか、そんな感じでしょうか?


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アコーディオン。いつかアコーディオンは習ってみたいと思ってもう何年過ぎたことか・・・


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いい絵ですね。気に入りましたよ。


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アコーディオンのことは日本語で「手風琴」と言うんですよね。これってとっても素敵なネーミングだな、と思うのですが、私の尊敬するRo-mioという美人シンガーソングライターの曲に「いじわるテフーキン」というなかなかオーチンハラショーな曲がありますので、タワーリシ各位、要チェックですよ!!(ご参考:春の中頃の嬉しいお知らせ


「もう本当に充分楽器を見せて頂きました。わざわざアテンドまでしてくれて本当にありがとうございます」という気持ちで見学を終えたのですが、「つい先日展示を終えたイースターエッグが地下室にあるんですけど、ご覧になりたい?ご希望なら地下室を開けてあげるわよ」との提案が!思わず「あ、はい」と応えていたのでそのまま地下室へ。何だか至れり尽くせりで恐れ入ってしまいますが大変充実した博物館見学であったことは間違いありません(笑)


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そんなわけで地下室でパシャリ。なんでもメリケン人のご一行が来て「イースターエッグを自分でペイントしちゃおう!」的なイベントに参加して帰っていったんですって。名前の如く楽器は常設展示だそうですが、その他にも定期的にテーマを選定して楽器とは別の展示も行っているとのことでした。


こうして非常に充実した見学を終えた私は、丁寧にお礼をいって博物館を辞去しました。見学の途中、何故リトアニアやカウナスに来る気になったのか、とか、仕事は何をしているのか、とか、リトアニア料理は食べたか、なんてことをちょいちょい聞かれたので、彼女らにとっては異質の日本人に対しても興味を持ってもらえたのでしょうね。相手はおばちゃんたち(淑女、のほうがいいか笑)でしたが、色々と気にかけてくれて誠にありがたい限りでした。


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天気もいいですし段々と旧市街にも人が出始めたみたいです。引き続きカウナス旧市街散策を続けます!


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - リトアニア, 19:58
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リトアニア週末紀行 其ノ四 リトアニアもじゃがいもの国じゃん・・・
(5月2日のお話の続き)


旧市街を歩いて来ると、右手に大きな赤レンガの建物が現れますが、こちらが聖ペテロ&パウロ大聖堂です。


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15世紀建立。リトアニア・カトリックの枢機卿の本拠地であるそうです。


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この旅行期間中の数々のカロリー超過を懺悔せずにはいられませんでした・・・


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大聖堂の大通り側には有名な詩人かつ教会の神父でもあったマイロニスというお方のお墓が隣接されています。


ここで驚いたのですが、なんとカウナスには日本人旅行者の団体さんがいました。見た感じ皆様ご年配の方々だったと思うのですが、はるばるこちらまで来る方もいるもんですね!私はというと咄嗟に中国人の振りをしてやり過ごしましたが、ばれてなかったかな・・・


聖ペテロ&パウロ大聖堂の斜向かいは旧市街の中心地である市庁舎広場が広がっています。


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こちらがカウナスの旧市庁舎。この外見から「白鳥」に例えられるそうですが、姫路城が白鷺城と言われるみたいなもんなんでしょうかね?現在は結婚登記所であるそうですが、過去には政治犯の牢獄だったり、皇帝の別宅だったりしたそうです。確かにこの広場で2組ほど新婚カップルが友人・親類と思われる方々と写真撮影をしていましたよ。


市庁舎の方向に向かって「左向け、左!」をして体の向きを変えると、下のイエズス教会が見えます。


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イエズス会と言えば我々日本人もよく知るフランシスコ・ザビエルがその創立メンバーの1人であったそうですが、手元のガイドブックには何も情報なし・・・レポートしろってことでしょうか(笑)


このままイエズス教会の脇を進んで行くと川の方に出られそうなので、早速行ってみることにします。


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右手にあったのがペルクーナスの家。ペルクーナスという雷神を祀る神殿があったとの言い伝えがあるそうです。ちなみにこの建物の裏手にはギムナジウムがあります。恐らくお昼前で授業が終わったとみられ、リトアニアの未来を背負った少年少女諸君が次々と出て来ていました。


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川を背にしてみた画ですが、こちらはヴィタウタス大公教会。


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裏手の方の入口の脇には水位表が掛かっています。見にくいですがその横のプレートには1946年3月24日に2.9mにまで水位が達したことが記されていました。この教会の高さを起点に2.9mだとすると物凄い洪水であったことが容易にうかがえます。


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ネムナス川。汗ばむほどの陽気なので川沿いはとっても気持ちがいいです・・・ビール飲みたい・・・


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どこの街でも似たようなことをやっているもんですね(笑)


小一時間ほどの間川べりをうろちょろして涼んだあとは、お待ちかねのランチを食べにいくことにしました。朝は何も食べてないし、昨晩は中央アジア料理だったので、今日はリトアニア料理を食べますよ!


来た道を戻っていき、聖ペテロ&パウロ大聖堂の脇を北に進んで行くと、お目当てのレストランはあったのでした・・・


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ベルネリウ・ウジェイガという郷土料理のお店。


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内部は民家風というのかな?木造のあたたかい雰囲気です。暑かったのでご当地ビールが沁みわたる・・・!


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ウェイトレスさんは可愛らしいリトアニアの民族衣装を着ていて英語も話します。(写真は撮っていません)


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ビールを飲みながらメニュー表を吟味し、リトアニア料理の数々を注文しました。


というわけで、これからメンバー紹介・・・ではなく、以下、私が敬意を払って頂いた料理の数々です。


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またしてもニシンと野菜の前菜(笑)大好きなビーツもたっぷりです。黒パンをあわせて頼んだところ丸パンが出てきました。とっても香ばしい風味の黒ビールをお供に美味しく頂きました。


黒パンを頼む際にそれまで英語でやりとりしていたのですが、黒パンのことだけ「チョルヌィ・フレプ」と言ったらウェイトレスさんは鳩が豆鉄砲を食ったようなお顔をしていました(笑)そして、次の料理は、「ああ、僕はこれを飲むためにリトアニアに来たんだ・・・!」と言ってもいいくらいの料理(笑)


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こちらがシャルティバルシチェイšaltibarščiaiという赤かぶの冷製スープです。元々ボルシチ好きな私ですが、味わってみるとこちらは冷たくてより酸味が強く、ボルシチより具は少ない。ケフィールかスメタナが多いのでよりマイルドな口当たりとなっております。自分でもいつか作ってみたい!


そして、トドメの一皿がやってきました・・・


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こちらはツェペリナイcepelinaiといって挽肉、チーズ、キノコなどをマッシュポテトに包んで茹でた料理です。器も何だか独特の模様が入ってステキ。味は見た目よりもかなりジャガイモがモチっとしていて、美味しいけど結構重たい・・・(笑)ツェペリナイとはその形が飛行船(ツェッペリン)に似ているからだとか。


どれもとっても美味しかったのですが、寄る年波には勝てず(笑)ツェペリナイは少し残してしまいました。ていうかスープにもじゃがいもついてきたしね(笑)


さて、ランチの後はカウナス城へと足を伸ばしてみることにします。


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カウナスにも日本食レストランがあるみたいです。その名もYAKATAボートの小屋(笑)


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カウナス城のすぐ近くにあったなかなかアーティスティックな建物。


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こちらがカウナス城です。川も近いし天気もいいし緑は多いし最高、と思ったのですが13世紀にはネムナス川をはさんでリトアニアとドイツ騎士団との間で何度も戦闘が行われたそうな。


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内部ではビデオなどもつかってカウナス城の歴史等について丁寧な説明がなされていました。こちらは地下の拷問部屋です。これは明らかに「吊る」系の装置ですよね・・・


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囚人の足に括り付ける鉄球・・・?


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階上にはこの迫力ある熊の毛皮とか鹿の剥製?とか、見応えあるものが沢山ありました。


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これは見たところ執務机でしょうが、誰のでしょうか?15世紀にドイツ騎士団に勝利したあとは城というよいは外賓を接客する際に使われていたんですって。


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奥に見えるのはネリス川です。本当に気持ちのいい日です。


カウナス城を後にした私はいよいよ本来の目的地へと向かうべく、旧市街を出てライスヴェス通りという通りに入り新市街を東に闊歩していきます。ガイドブックにもありましたが、ヴィリニュスを迷路に例えるならカウナスは長い長い一本道というのは街の特徴をよく表現していると思います。


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いわゆるホコ天なので車の心配もなく気ままにテクテクと歩いて行くことが出来る通りです。


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カウナス・ミュージカル劇場。非常に緑が豊かな一隅にある劇場です。


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ミュージカル劇場の前の憩いの場。


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ヴィタウタス大公像。先ほど川沿いにあった教会を作った方。リトアニアの最盛期を築いた大公だそうです。


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どうやらこれは「リトゥアニカ」という飛行機の模型である模様ですね。


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1933年、リトアニアから米国への移民であるステポナス・ダリウスとスタシス・ギレナスという2人がニューヨークからカウナスを目指し大西洋横断の旅へと飛び立ったそうな。6411kmという当時では2番目に長い飛行距離を達成したそうですが、カウナスまであと636kmという所で墜落してしまったとのこと・・・墜落の原因には天候や撃墜説など諸説ある模様。


そういえば私が帰りのフライトに選んだのはご当地のAir Lituanicaという会社です・・・墜落は勘弁してよね・・・


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こちらはカウナスの姉妹都市一覧でしょうね。


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暑いしビールも飲んでしまっていたので並木道の途中のベンチで一息つきながら東を目指しました。モスバーガー?いやいや時代はHESBURGERですから。


旧市街の方向からライスヴェス通りを歩いて来ると独立広場に行き当たりました。


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独立広場にはご覧の聖ミカエル教会があります。なかなかしっかりしていて美しい教会ですね。


結構歩いてきた感じがしますが、目的地はまだ先。日帰りで帰るつもりなので、あまりダラダラしているわけにも行きません。もうちょい頑張ってゆっくり見学しようと歩みを進めていきます・・・!


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - リトアニア, 07:01
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リトアニア週末紀行 其ノ五 センポ・スギハラとの再会
(5月2日のお話の続き)


独立広場の聖ミカエル教会を通り過ぎ、大通りを右折すると、朝来た時にバスで通って来た大通りに出ました。もう随分歩いて戻って来たというわけですね。


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ご覧の公園、というか緑地では随分遊んでいる子供たちが多いな、と思っていたら・・・


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なななんと!カウナス・アレクサンドル・プーシキンギムナジアがありました。リトアニアにもこんな名前の教育機関があるのですね。調べてみたところ、やはりここはロシア語で教育を行う学校である模様です。毒にも薬にもならぬ情報で恐れ入りますが、基本的に昼間は就学前、初等、中等の教育をロシア語で行うそうですが2009年からリトアニア語で教育を行うクラスも出来たとか。夜学もありますが、こちらは18歳以上を対象にリトアニア語で教育が行われるそうです。


ちなみに、私のもみあげは半分この偉大な詩人へのリスペクトを表しています・・・なんてね(笑)


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大通りを逸れて緑地を突っ切ると周囲はごく平凡な住宅街になってきました。


ここを真っ直ぐ行くと心臓破りの階段、と言わんばかりの結構しんどい階段が現れます。500mlのビールを2杯飲んでしまっていたもんで結構大変だった・・・それでもなんとか階段をのぼりきって道沿いに歩いて行くと・・・!


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はい、こんな建物が現れます。こちらが私がカウナスを目指した理由の1つ、杉原記念館(旧日本領事館)でございます。


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希望の門、命のヴィザ・・・


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入口は記念館の脇の小さな道を少し下った場所にあります。記念館は地下なんですね。ベルを押すと人の良さそうな館長が開けてくれました。


来る時に記念館の近くに大き目のバスが停まっていたので、「ま、まさか・・・!」と思ったのですが、中にはやはり日本人の団体さんがいましたよ。今回は先ほどの方々より随分若い方も混じっていて親子連れなんかもいらっしゃいました。どうやら皆様ドイツからやってきた模様。在留邦人やその家族向けに欧州内のツアーなんかを企画する旅行社は結構どこの国にもあるのでしょうね。この点はベルギーも然り、です。


さて、「日本のシンドラー」なんて呼ばれることもある杉原千畝(すぎはらちうね)をタワーリシ各位はご存知でしょうか?第二次大戦の初期、ナチス・ドイツの迫害から日本を通過してアメリカ・オーストラリアなどへ逃れることを求めたユダヤ人に対し、日本本国の命令に背いてまで通過ビザを発行し続け、多くの命を救ったとして有名な外交官です。当時リトアニアの首都はカウナスだったため、まさにこの旧日本領事館である場所が舞台となったというわけです。


私が杉原千畝のことを知ったのは、もう何年前だったか忘れましたが(笑)高校生の時のことです。校外学習か何かで市民ホールかどこかに演劇を見に行った際の演目が「センポ・スギハラ」というものでした。高校1年生当時は私も尖っていたのでしょうか、「はぁ?スギハラはともかくとしてセンポってなんだよ?イッポ、ニホ、センポかよ?」とまで言ったかどうかは定かではありませんが、ヘンな名前だなあ、と思った記憶があります。実際には「ちうね」という発音が現地人には発音しにくいということで、「せんぽ」という音読みで通していたということを後で学びました。今では劇の各場面については朧げな記憶しかありませんが、それでも劇を観終った時にはいたく感動したことをよく覚えています。


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館内には当時の家族との暮らしぶりや、杉原氏の人となり、生涯などが写真パネルと文章で紹介されています。


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杉原氏がそもそもリトアニアで勤務していたのは諜報活動を行うためだったそうです。リトアニアはソ連やドイツと国境を接していて地理的に絶好の場所だったのですね。英語、ロシア語、ドイツ語、フランス語も達者であったそうな。羨ましい限りです。


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英語やヘブライ語で書かれた関連書籍も併せて展示されていました。


1940年の7月18日、ナチス・ドイツに追われポーランドからリトアニアに逃げてきたユダヤ人たちの人だかりが突如としてここカウナス日本領事館前にできたそうです。当時の世界各国はユダヤ人の受け入れをはっきりと拒んではいなかったとのことですが、様々な条件が課され事実上ユダヤ人が渡航するのは難しい状況にある国が多かったとか。


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当時の松岡洋右外務大臣に宛てた文書の一部。


当時の領事代理であった杉原千畝はビザ発給の許可を求める電報を何度も日本に向けて打ったそうです。ところが毎回の外務本省からの回答は「否」。日独伊三国同盟を模索していた日本としてはナチス・ドイツを刺激するような行動は出来なかったことは理解出来ますが、ユダヤ人たちには日本通過ビザが彼らに残された生きるための唯一の手段でした・・・日増しに伸びてゆくユダヤ人の行列を前に杉原千畝は悩みに悩んだ挙句、ついには本国の命令に背き、ビザを発給することを決意したのです。


この頃、1939年の独ソ不可侵条約の秘密協定でバルト三国のソ連併合が決定されていたことを受け、リトアニアにもソ連兵が進行してきていたそうです。8月3日にリトアニアはソ連に強制されて独立国を放棄、結果として在カウナスの外国公館は8月25日付で閉鎖されることが決まりました。千畝の手記には「・・・忘れもせぬ一九四〇年七月二九日からは、一分間の休みもなく、ユダヤ難民のための日本通過ビザ発給作業を、開始した次第です」とあるそうです。


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当時の執務室が再現されています。この机で命のビザが書かれていたんですね・・・


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はるばるやって来たので、私もビザを書くつもりでしっかりと記帳しておきましたとも。そして、基金への募金も併せてしてきました。


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「命のビザ」拡大版ですね。


杉原千畝は領事館の整理に追われる間も、また出国までの滞在先のホテルの中でも休むことなくビザを書いたそうです。9月5日にベルリンに向けカウナス駅を出発するその時まで書き続け、最後の1枚は車窓から手渡したといいます。発給したビザは2000枚以上、家族に対しては1枚でも有効だったためビザの対象となった人は6000人を超えるとか。こうして救われたユダヤ人の親族や子孫の数は現在では25万人にもなっていることがわかっているそうです。杉原氏が書いていたビザはまさに命をつなぐビザに他なりませんね。


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別室では福井テレビ制作の15分程の映像を上映して見せてくれるのですが、これが結構泣かせる番組になっているんですね。前の日本人の団体さんが終わった後でたった1人で見ていたので遠慮なくじ〜んとすることが出来ました(笑)


映像を見終わると結構いい時間になっていたので、杉原記念館のブックレットと杉原千畝ガイドブックなる書籍を2冊購入し、館長に挨拶をして辞去しました。長閑な住宅街を通り抜け、来た時にバスに乗ったバスターミナルを通過し、特に慌てることもなく駅に到着出来てよかったです。


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こちらは線路側から駅をみた画。17時過ぎの帰りの電車にも少し余裕を持って到着出来ました。まだ結構暑かったので駅の横のキオスクでボルジョミ(グルジアの天然炭酸水)を購入し喉の渇きを潤しました。久しぶりに飲んだけど、独特の塩気みたいなのが美味しかった!


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こうしてカウナス日帰り旅行は終わり、ヴィリニュスまで1時間40分の道のりをまた戻ったのでした。


朝から歩き通しで結構足が疲れたこともあり、帰りの電車内では財布の位置に注意しながら居眠りもしつつ無事ヴィリニュス駅に到着。そのまま窓口で翌日のシャウレイ行の始発電車の切符を買いました。朝早くて万が一窓口が開いてない、なんてことになると困りますからね。


駅からホテルまでの道のりはもう大丈夫なのですが、今回はバスを利用して帰ってみました。ヴィリニュスの旧市街はやはりリガなんかと比べて広いですね。


ホテルに着くと早速ごろごろして休息休足しつつ、夕食は何にしようか検討しました。お昼はリトアニア料理をたらふく食べたので、何にしようか・・・眠いし出歩くのが面倒くさい気もしたのですが、ここは今回の旅でトライしていないロシア料理だろ!ってなことでロシア料理店を調べ、重い足を引きずって街に出たのでした(笑)


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ネリス川に架かる橋の途中で一休みして、川の水面をぼんやりと見遣っていると・・・


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気持ちよさそうな水上の旅人の姿が・・・陽も傾いて爽快な気分だったでしょうね。


橋を渡り切って右折をしてしばらく歩いて行くと、そろそろお目当てのレストランに着くはずです。・・・着くはずなのですが、一向にそれらしきお店が見当たらない・・・辺りは住宅街とビジネス街があわさったような感じの雰囲気。人通りもなく段々暗くなってきたので心細くなってすらきました。


どうしようかと思っていると、近くの駐車場におじいさんが歩いている。思い切って声をかけたところ、「Excuse me?」では通じないのか止まってくれない。少し大きめの声で「Простите, пожалуйста!」と言ったら止まってこちらを向いてくれたので、「すみません、ロシア語がわかりますか?」と尋ねたところ耳に手をあてて「わかるよ。なんじゃい?」ってな感じで答えてくれました。「この辺りに『ツァールスコエ・セロー』というロシア料理店があるはずなんですが、ご存じありませんか?」と問うたところ、「確かこの通り沿いにあったはずだが、こっち側じゃなくて反対側じゃ。橋を通り過ぎて100mか200mくらいのところ」と。なるほど、橋を渡って左折すればよかったのですね。どうやら頭に入れたつもりの地図上で橋を一本間違えたな。


おじいさんには丁寧にお礼を言って教えてもらった方向へ歩いて行きました。「明日は早いからあまり遅くならないうちに帰ろう」なんて思って歩いていると、まさかとは思ったのですが橋に差し掛かる辺りで日本人の女子大生と思われる(バッグのかけかた、服装などから)5人組くらいに遭遇。その中の1人は「えっ、うそ?この人日本人じゃない?えっ、うそ?」的な視線を送ってきており「2回聞き返さなくったってうそじゃないよ・・・」なんて思っていたのですが、こちらはじりじりと無言ですれ違ったのみ。私は「あれ、この人日本人かな?」と思っても意外と台湾人なんかに間違えてしまうことも多いのですが、あの晩すれ違ったお嬢さん方、もし日本人だったらコメント書き込んで下さいね(笑)


というわけで、結局30分以上歩いたけどレストラン"Царское Село"に無事到着。おじいさんありがとう!この名前のロシア料理店はきっととっても多いでしょうね。


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お店の脇には大きなマトリョーシカがやってくるお客さんを歓迎していました。


お店はよくあるカラオケとダンスが出来る飲みレストランみたいなところなので結構な賑やかさ。観光客も地元民も来ている感じでしたが、顔見知りのような方も多かったみたいなので、やはりロシア系のタワーリシ各位の交流の場になっているのかもしれません。


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毎度の如く1人で飛び込んだら若干戸惑われましたが、「独身1名、よろしいですか?(Один холостяк, можно?)」と(店内が騒がしいので)少し大きめの声で言って席に案内されました。通された席はステージが見にくい場所にあったのですが、なんと席からも見えるようカメラの映像がスクリーンに投影されていました。親切ですね。女性の歌手の方とフツーのおっさんかと思ったらおっさんの歌がめちゃくちゃ上手くて感服しました。


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まずは本日1日の疲れと喉の渇きを潤します。朝からカウナスで歩き詰め、ヴィリニュスに帰って来てからもここにたどり着くまでに結構歩いたので本当に疲れた。それでも、とても爽快な1日でした。高校生の時に知った「センポ・スギハラ」にまさかこんな形で再会出来るなんて・・・まったく人生何が起こるかわからないもんですね。


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サラダ「オリヴィエ」です。留学時代によくスーパーで買っていたっけなあ・・・大体このオリヴィエか、ヴィネグレッドというビーツのサラダを買ってビタミン補給していた日々が懐かしいです。


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「とっくにご存知なんだろ・・・?こちらが、泣く子も黙るウクライナ風ボルシチだ!」この甘くて酸っぱいような味が疲れた体に沁み渡ります・・・


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そしてこれが、「毛皮を着た・・・なに?毛皮が脱げかかっている、ニシン・・?」です。またニシンかよ(笑)って感じもしますが、「毛皮を着たニシン」はロシア料理の中で一番好きなメニュー。普段滅多に食べられないのであると必ずと言っていいほど頼んでしまうのです。


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そして極めつけは、、ご覧の「シベリア風ペリメニ」でどうだ!(笑)私はどちらかというとスープのないペリメニをこれまでよく食べてきましたが、スープありのペリメニもなかなか美味しい。


こうして写真を見返していると何だかんだでかなりのカロリー超過だよな・・・ってことで、ロシア語で各料理のカロリーを検索して調べてみました。例えばボルシチなら「борщ калорийность」ってな具合にね。


結果、「オリヴィエ」198kcal、「ボルシチ」290kcal、「毛皮を着たニシン」340kcal、「シベリア風ペリメニ」415kcal, 合計1243kcal、これに0.5のビール2杯で400kcal, ボルシチにパンも付いてきたので丸パン100kcalとすると・・・なんと1743kcal(!)成人男子の一日あたりの摂取カロリーは1800~2200kcalだというそうですから、ご覧の通り完全にカロリーオーバーだったんですね!


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お店が入った時より随分空いてきたかな・・・?なんて思ったら、皆さん一同でステージの方に出てダンスをしていらっしゃったんですね(笑)どんな曲にも合わせて踊れてしまう人たちが本当に羨ましい限りです。


ロシア料理をおなか一杯食べた満足感と、カロリー超過の罪悪感の2つを抱えながら毎度の如く腹ごなしをすべく歩きでホテルに帰りました。結構混んでるかと思った割には料理が早く出てきてヨカッタ。自信ありませんが明日は早起きしてシャウレイという町にこの旅のカロリー超過を懺悔しにいくよ・・・(笑)


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - リトアニア, 05:55
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リトアニア週末紀行 其ノ六 不思議なフシギな十字架の丘と頻発するS事件
(5月3日のお話)


朝の5時半に目覚ましをとめて目を開けたのですがとにかく眠い・・・昨日購入したシャウレイ行の始発列車は6:45の列車ですが、詳しいバスの時間もわからないので6:15にタクシーを頼んで駅までビューンと行くことにしました。いつかの広島紀行でやったオトナのタイムイズマネー方式で10リタスなり。


駅に着くと丁度列車が入線してくるところでした。女性の検札官の方に切符を見せるとなんと英語で座席番号を教えてくれました。さすがEUですね。


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なんだかモスクワ〜ノボシビルスクまでシベリア鉄道で旅をした時のことを思い出しますなあ・・・



ヴィリニュスからシャウレイまでは約2時間半の道のり。電車の中は結構快適なので景色を見たりウトウトしたりして過ごすことが出来ました。


到着まではまだ少し早いぞってな時間に"Next station is Siauliai"なんて聴こえたので、隣に座っていたおばちゃんに「シャウレイ?」と尋ねてみたところ、おばちゃんは慌ててリトアニア語で何やら言っている。「ロシア語がわかりますか?」と言ったらしばしの沈黙の後に「・・・Шяулей будет потом(シャウレイはもう少しあとよ)」と、教えてくれました。いきなりこんなザ・東洋人て顔した奴に話しかけられて驚かせてしまい申し訳なかったですが、ともかくありがとうございました。


どうやら車内のアナウンスは「(まもなく)○○駅です。次の停車はシャウレイです」ってな感じで、シャウレイはまもなく停車する駅の次の駅、というような案内の仕方だった模様ですね。


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そんなわけで到着しました、こちらがシャウレイ駅前でございます・・・駅の脇の駐車場にタクシーはいましたが、ご覧の通り寂しい感じです。


ここから左の方向に向かい、バスターミナルを目指して歩いていきました。東洋人なんて1人たりとも見かけません、というかそもそも往来のナロードが少ないです・・・


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10分ほど歩いたでしょうか、ご覧のバスターミナルに到着しました。お隣はショッピングモール、ロシア語でいうところのТорговый центрとなっており、こちらには旅行客やらナロードやらが大勢行き来していました。


私も早速窓口に行き「おはようございます。ドマンタイに行きたいんですが」と言って切符を買うと、一緒に帰りのバスの時間を書いた紙きれをくれました。バスは10時25分くらいに来るらしいので、12番乗り場のあたりで時間を潰してバスを待ちます。ふらふら歩いたり、地球の歩き方をめくったりしてふと辺りを見回すと、なななんと!驚いたことにいつから現れたのか、行先が同じと思われる日本人男性と女性の姿が!男性の方はパッと見た感じ冒険家のような風貌でリュックをしょっている・・・そして、女性の方は・・・少し遠いけど美人ぽいぞ・・・(笑)


こんなしょうもないことを考えていたのですが、こちらがこんなことを考えているということは、先方も私に対して似たようなことを考えているかもしれない・・・そう、あの男性には「あっちに、クマみたいなヒゲ面と、美人がいるな・・」とか思われ、あの女性には「冒険家みたいな人と、皇族関係者みたいな顔した人がいるわ・・・」なんて思われている可能性があることを考えると戦慄してしまいました・・・日本人だってことがバレる最大のリスクである地球の歩き方を閉じ、「俺は中国人だ、いや韓国人だ、いやもうブリヤート人でいい・・・」と念じているうちにバスが到着。地元民の方々と一緒にバスに乗り込みました。


バスターミナルからドマンタイまでは15分くらいでしょうか。特にアナウンスもないような感じで心細かったのですが、そろそろだろうという辺りで隣にお孫さんと座っていた若めのお婆ちゃんに「ドマンタイ、チャ?」と尋ねてみたところ、頷いていたのでどうやらそうらしい。無事にドマンタイで下車出来たのです。ちなみにものの本に書いてあったことによると「ここ」のことをリトアニア語では「チャ」というらしいです。


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バスターミナルから15分やってくるだけでこんな自然の中に放り込まれます。天気も最高でとにかく気持ちがいい!


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近くに目的地への道標もあるので迷うことはないでしょう。


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たいして車通りもないので、こんな道の端っこや真ん中をとぼとぼとゆっくり歩いて行ったのです・・・空も周りの自然もきれい過ぎて、もうこれだけで今回リトアニアにやってきた甲斐があったというものです。


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歩いて行くと道端に数か所、十字架が現れます。


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バスを降りたタワーリシ各位の中で私が間違いなくビリでしたが、いよいよ目的地に近づいてきた模様・・・


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遠くに丘みたいな場所がちょっぴり見えてきたかな・・・?


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見えてきた見えてきた!


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はい、とうとうやって来ました、こちらが十字架の丘です!これを自分の目で見てみたかったのです・・・


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かなりレアな本人出演写真です。影ですけどね。


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とにかくどこを見ても十字架、十字架、また十字架。


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ものの本に書いてある情報では、最初の十字架は1831年のロシア軍に対する蜂起の後、処刑・流刑に処された人々のために立てられたらしい、とのことです。


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女子および気の弱い男子に朗報です!ここは墓地ではないので死体は埋められていません。つまり、ヘンなものが写ったりするのを気にせずシャッターを切れるというわけです。


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キリストと思しきお方とか・・・


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マリア様と思しきお方とかもいらっしゃいました・・・


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こちらはダビデの星ですね。


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日本語が書いてある十字架も静かに立っていましたよ。


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丘がある草原に入るあたりにお店が出ていて、木製の十字架やらロザリオ?やらが大量に売られています。


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丘を一歩抜けるとそこにはご覧の景色が・・・なぜ僕はここにいるんだろう?ってな気分になります。


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なんだか綺麗な歌声が聴こえるぞ?と頭上をみると、ツバメ?がいました。なんとこのツバメさんが留まっているのも十字架でした!


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おいおい、七夕かいな・・?って具合に吊る下がってます。


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買ってきた十字架を皆様あちこちに立てて帰るんですね。私も買ってくればよかったかな。


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こちらにおわしますのはたいそう有名な憂うキリスト像、ルービントイエリスと言うそうです。


結局2時間くらいはうろちょろして過ごしていたでしょうか。世界には本当に不思議な場所があるもんですね。十字架ももちろん印象的でしたが、とにかく空も周りの自然もきれいで、深呼吸したり近くや遠くを眺めたり、田舎出身の実力をよく発揮できた時間だったと思います。十字架も自然も満喫した私は、13時過ぎのバスに乗ってシャウレイの街中に戻るべく、またゆっくりとバス停を目指して歩き出しました。


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実はこのリトアニア美人のお嬢さんはここへ来る時に同じバスに乗っていたんですよね。独特の形の楽器を抱えてすぐ近くにいたので「ひょっとしてこれ、カウナスの楽器博物館にあったカンクレス??」と思ったため覚えていたのです。実際に音を奏でる姿が見られるとは思っていなかったので大変嬉しかったのですが、「Labas!(こんにちは!)」と言ったらニッコリと応答してくれたこともこれに負けず劣らず嬉しかったのです、今の僕には(笑)素晴らしい空気に響く美しい音色に癒されました。音大の学生さんとかでしょうかね?十字架を買わなかった分を未来の大演奏家に寄付してきましたよ。


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来る途中に私を追い越していった軍団の皆様が休憩していました・・・この自然とは相容れない轟音とともにすぐに駆け抜けて行きましたけどね。


バス停から歩いてきた道を引き返していると、なんと前方から日本人大学生と思われる男女2名がやって来ました。日本語で話していたのですれ違いざまに「こんにちは」と挨拶をして無事すれ違い。彼らはこれから十字架の丘に行くのでしょうけど、何だかんだでこっちの方に来る日本人もいるもんなんですね。


さて、無事に日本人とのすれ違いを果たして安心していると、今度は頭上から何者かの鳴き声が聞こえてきました・・・来る時には気付かなかったけど、なんと大きな鳥が雛たちを育てていました!


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これは、コウノトリでしょうか?春にフランス・アルザスに行った時に見たのですが、巣の感じと直感でそう思ったのですが、鳥に詳しい方は是非とも教えて下さい。


そして、バス停に辿り着くと、今度は来る時のバスで一緒だった大和撫子の方が先にバスを待っていました・・・!いやあ今日は「会う日」ですね。周りに何もない田舎のバス停で日本人が2人きりとなっては私も観念するより他なく、挨拶をしてバスがちゃんと来るだろうかとか、今回旅行にきたいきさつだとか、色々とお話させて頂きました。プライベートで日本人女性とまともにコミュニケートするのは久しぶりだったのですが、関西出身の方で非常に接しやすく助かりました。油が切れたロボットのような動きになっていなかったことを信じたいのですが・・・(笑)


聞くところによるとこちらのN様(「やまと なでしこ様」より)はもともと東欧諸国に興味があったとのことですが、今回はゴールデンウィークと年休をあわせ、バルト三国を旅しておられるのだとか。エストニアのタリンに入り、ラトヴィアのリガ、そしてリトアニアのシャウレイと南下してきて、この後には同カウナス、ヴィリニュスへと抜けるそうです。なかなかのつはものですね!


バスはほぼ時間通りに来たのでスムーズにもとのバスターミナルまで戻ることが出来ました。朝から何も食べていなかったこともあり、また十字架の丘の周りは食べたり飲んだりする場所は皆無だったこともあり、カウナス行のバスまでの間、メインストリート観光および少し遅めのランチにN様にお付き合い頂くことになりました。というわけで、トコトコ歩いて中心部を散策します。


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シャウレイのメインストリートはこの辺りのはずなのですが、非常にこじんまりとしていて人通りも然程多くないです。ランチを摂るレストランを探しても、あるのはカフェみたいなところばかり。


街を歩いているとお爺さんがシニアカー(あの電動三輪車みたいなやつ)に乗って並走してこちらを見ていたので、「Labas!」と声をかけると「なんじゃ、中国、韓国、それとも台湾からか?」というので、「日本!」と応えておきました。「おじいちゃん、あと一歩東洋を掘り下げてくれよ!」とも思いましたが、やはり日本人はなかなか遭遇しないんでしょうね。いきなり「ニイハオ」とか言わなかったのは流石です。


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シャウレイのドラマ劇場にやって来ました。駆け出し俳優としてはとっても嬉しい機会です。


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ドラマ劇場付属のカフェの前にはこんな像があります。ここのカフェでもいいかな、とも思ったのですが、結局メインストリートにあるピザ屋(ヴィリニュスでも見かけたチェーン店)に腰かけました。


「仕方ないからピザ食べるか・・・」とも思ったのですが、メニューを開いてみると「リトアニア伝統料理」なんてページもありました。なるほど、どうやら1つのお店が手広く事業展開しているタイプなんですね。


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というわけで注文したチーズが乗った野菜のシチュー。エキスが沢山出ていてとっても美味しかったです。


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そして、カウナスで食べたのとはまた違う感じのツェペリナイを注文。こちらは半分に切られていましたが、焼くとか揚げるとかの違いなのでしょうかね?


あれやこれやおしゃべりをしつつ少し遅いランチを食べ終えお店を後にすると、15:00のカウナス行きのバスには少し時間が厳しいかな、というところだったのですが、15:30にもバスがあるので大丈夫、ということで後者に間に合うようにバスターミナルに戻りました。ところが、待てど暮らせどお目当てのバスがやってこない・・・よくよく時刻表をみると15:30という表示は確かにあるのですが、時刻の後ろにSという文字が書いてある。これが謎を解くカギに違いないと思い乗り場の近くにいたお婆ちゃんにロシア語で聞いてみたところ、恐らく地元の人ではなかったのでしょうか、「たぶん、Sは日曜日の意味だから、日曜日にしかない便なんだわ・・・」と。


なるほど、言われるとわかりますが、まあフツーの日本人にはまずわからないですよね。次のバスは17:00ということなので、それより前にカウナス行の列車がないか駅で確認もしたのですが、どうもうまい便がみつからず。なかなか街で時間をつぶす場所もなさそうなので、件のショッピングモール、ロシア語でいうところのТорговый центрの最上階のカフェにて紅茶やコーヒーなどを啜りつつ17:00のバスを待つ2匹でありました。ゆっくりランチを食べてしまったので15:00のバスを逃してしまい申し訳なかった限りですが、様々な旅先の話や、最近疎遠になってしまった(?)日本の話を色々うかがうことが出来てよかったです。


16:40ぐらいに再び乗り場に下りていくと、今度こそきちんとバスがやってきました。結構大きなバスで、その場でチケットを買って乗り込むタイプ。これならちゃんとカウナスに行けそうです。ランチと散策にお付き合い頂いた御礼とバスをずらしてしまったお詫びを申し上げ、N様をお見送りました。残りの旅も無事に楽しまれますよう。いつか大阪に行くときがあったら連絡しますので今度はたこ焼きでもご一緒しましょうね(笑)


さて、私の方の帰りの列車は17:20かそこいらだったので、こちらも急いで駅に向かいました。


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シャウレイの駅舎。両脇からプラットホームに出ることが出来ます。


急いで来た割にはまだ列車が入線していなかったので、ホームを歩き回りながら待っていました。ところが、待てど暮らせどお目当ての列車がやってこない・・・駅舎に入りよくよく時刻表をみると、なななんと!・・・時刻の後ろにどっかで見たことのあるSという文字が書いてありました!


この文字を見た時はひっくり返りそうになったのですが、私の後に窓口にやって来る旅人を見ている限り、同じ理由でひっくり返りそうになっていたタワーリシ各位が他にもいたようで思わずニンマリしてしまいましたよ(笑)


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ジタバタしても致し方ないですし、危険ではない旅のトラブルは出来るだけ味方につけたいものですね!これもまた旅である、として、近くをふらふら歩いたり、持ってきた本を読んだり、ぼんやりとしたりして帰りの列車を待ちました。


結局シャウレイを発ったのは19:06の列車で、ヴィリニュスのホテルに着いたのは22時過ぎ。疲れたこともあり今晩はご飯も食べずに寝ました。ここで一気にプラマイゼロに持ってこれたかもね!(笑)


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - リトアニア, 14:05
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リトアニア週末紀行 其ノ七 やっぱりリトアニアってじゃがいもの国じゃん・・・
(5月4日のお話)


昨日はシャウレイから帰って来てご飯を食べずにそのまま寝てしまったのですが、目を覚ますといい感じの空腹感・・・寝ている間にカロリーが消費されたことでしょう。二度寝してもよかったのですが、今日の夕方の便で帰るので、炭酸水をゴクリと飲んでからヴィリニュスの街歩きに出かけました。


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ホテルから歩いて数分のところにあったのはヴィリニュス大学。1579年に創立ですって。残念ながら日曜日は閉まっていて中庭に入ることが出来なかったのですが、歴史・言語学部がこの建物内にあるとか。リトアニアの大学の言語学部ってどんな感じなのか気になりますね・・


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というわけで、大学の中庭に入り口があるご覧の聖ヨハネ教会も訪れることが出来ませんでしたが、まあ日曜日には皆様休まれるべきですよね。こちらの鐘楼は63m、旧市街で一番高いそうです。


天気が良いので爽やかな空気の中を散歩するだけでとっても気持ちいいです。そのまま東へ進んで目指した先はというと・・・


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聖アンナ教会です。16世紀後半の建立とのことですが、33種類という異なった形のレンガが使われていて当時では類例のなかった傑作ゴシック建築であるそうです。


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こちらは聖アンナ教会を脇から見た図ですが、裏手にもう1つベルナルディン教会というのがあるんですね。


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内部は明るくて何でも気軽に神に打ち明けられそうな雰囲気だったのですが、昨晩は夕食を食べていないので沈黙を貫き通しました・・・(笑)


街の東側にはヴィリニャ川という小さな川が流れているのですが、川向うのウジュピス地区にはウジュピス共和国という共和国があります。15世紀頃から労働者や職人などが住み始めたそうですが、旧市街の発展からは取り残され廃れていたところに、ソ連時代になって芸術家や学生なんかが住みだしたそうな。住民は独立を宣言しているそうで、毎年4月1日の独立記念日には下の写真の橋に検問所が設けられるとか。地球の歩き方には「この日だけはパスポートを忘れずに!」なんて書いてあったので本当かいなと思ってしまいましたが、エキセントリックな輩が多く住んでいるということなんでしょうかね。


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共和国に入国しようかどうしようかためらったのですが、結局入国しませんでした。憲法とかもあるらしいのでご興味のあるかたはリサーチしてみて下さい(笑)


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こちらはウジュピス共和国の入口のすぐ脇にあるロシア正教会です。中をちらりと覗いてみましたが本気でミサをやっていてヘンな東洋人が入っていける雰囲気ではありませんでした(笑)


さて、カウナスではカウナス城を見学しましたが、ヴィリニュスにはゲディミナス城というお城があります。というわけで、更なるカロリー消費を達成すべく、丘の上にあるお城に徒歩で向かうことにしました。


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お城がある丘に南側から向かう場合はご覧の公園の中を通って行けます。


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「絵で見るリトアニア語」ってとこでしょうかね。


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途中で丘の上に建物があるのが見えました。


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もうすぐだ、がんばれ・・・確実にカロリーは消費されている・・・!


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ゲディミナス城とは言ったのですが、お城の大部分は19世紀初頭にロシアに破壊されてしまったそうです。ご覧の建物はかつての城壁の塔であったゲディミナス塔です。


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内部には過去の戦闘で使われた武具や鎧などが展示されていました。


三回ほど階段をあがっていくと、屋上に出て、そこからは勿論ヴィリニュスの街が一望出来ます!天気も最高、風も爽やかで気持ちいい!


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何だか、鳥になれそうな気がしてきませんか・・・?


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緑が多く、高い建物が少ない・・・といってもネリス川の対岸には高層ビルもありました。


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上から黄、緑、赤の三色旗です。


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高いところが大好きってわけではないですけども、やはりどこを訪れても街を一望出来る場所に行きたくなってしまいます。


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階下に降りる際には頭上にご注意下さいね。


ゲディミナス塔から出た後は、近くにあるリフトで登って来た方とは反対側の街の方へ降りてみました。


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これに乗って斜面を一気に下りていきました。


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下りた後に丘の上を見るとこんな感じです。


リフトで下りてきた辺りには工芸博物館、考古学資料展示館、リトアニア国立博物館といった施設が並んでいます。


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国立博物館前にて。光の射し方の感じとか、神懸っちゃってますかね。


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こちらはホテルから程近くの場所にある大統領官邸。


こんな風にあちこちふらふら歩いて過ごしていたのですが、実は是非とも行ってみたい婆所があったのを思い出しました。早速そちらへ向かうべく、初日にも歩いたゲディミノ大通りにやってくると、賑やかなスポーツイベント?が実施されている最中でした。


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ご覧の通り合気道のコーナー。


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続いてこちらは、何かの拳法でしょうね。


こうした催し物を通り過ぎてトコトコ歩いていくと、下のような建物が現れます。



写真の奥から手前に向かって歩いて来る感じになります。


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そうです・・・ここは別名KGB博物館、、ソ連時代にKGBの本部が置かれていた場所なのです・・・!


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入口は大通りから少し奥まったところにあるのですが、ここまで来て異変が・・・?


なななんと!張り紙によると5月4日と5日は閉館であることがわかりました。私とほぼ同時に初老の夫婦もこの扉の辺りにやってきたのですが、驚きと落胆の表情で顔を見合わせていました。残念ですがこればかりは致し方なしですね・・・


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ここでは多くの人が政治的理由で逮捕・拘留され、拷問や懲罰を受け処刑も行われていたそうです。建物の外壁にはご覧の通り亡くなった方々の名前が刻まれています・・・


開いてないものはしょうがないので、やってきたゲディミノ大通りを引き返しました。これでもう一度ヴィリニュスに来る理由が出来たぞ・・・とポジティヴに捉え、ランチでも食べようかと歩いて行きます。


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というわけで、ボクシングのコーナー。決してセクシーなお姉さんがいたから撮ったわけじゃないんだからね!


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リトアニア人も卓球をやるんですね。似非経験者の私としては混ぜてもらいたかったです(笑)


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大学1年生の時のロシア語の授業で「あなたはどんなスポーツをしますか?」「私はチェスをします。あなたは?」みたいなやりとりが出て来て「ハァ?チェス???」となったのは私だけではないはずですが、こちらでもチェスは立派なスポーツと認識されている模様です。


ゲディミノ大通りの終わりまで来ると、大聖堂の前を通り過ぎ、王宮の脇を通り過ぎてPiliesピリエス通りにやってきました。


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リトアニア最後の午餐は何にしようか・・・なあんて、もう既にアレにしようと決めていたのです・・・!というわけで、同じ通りにあるForto Dvarasというリトアニア料理レストランにて最後の午餐を摂るに至ったのでした。


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レストラン内部は暖かい雰囲気で、ウェイターも丁寧に英語で対応してくれました。


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まずは自家製ビールで今回の旅が無事かつオーチンハラショーに終わりつつあることに乾杯(笑)


そして、リトアニア料理レストランにまた来たということは、私が何を注文するかはわかったも同然ですよね・・・?


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はい、その通りです!最後にどうしてもこのスープ、平たく言うと冷製ボルシチがもう一度味わいたかった。やっぱり僕はこれを飲むためにリトアニアに来たんだ・・・安定のじゃがいもも併せてサーブされました(笑)


ところでメインは何にしようかと思ったのですが、今回はツェペリナイではなく、ブルヴィニェイ・ブリーナイBulviniai blynaiというじゃがいものパンケーキのような料理にしてみました。結局何を頼んでもじゃがいもがやって来るという始末ですけどね(笑)


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こちらがBulviniai blynaiです。サワークリームと一緒に頂くのですがモチモチとしていて美味しい。上に乗っかっている物体は・・・茹でた豚の耳です。豚の耳なんて普段あまり食べる機会はないと思うのでどんなもんだろうと思って咀嚼してみると、ふわふわトロトロ!素人の私でもコラーゲンの含有量が大変なことになっているのを感じざるをえない食感でした・・・(笑)ちなみに豚の耳以外にも何種類かのソースやジャムと一緒に食べる食べ方がある模様でしたよ。


最後の午餐に満足した私は、残った時間でカロリー消費をすべく、お近くの観光スポットをもういくつか巡ってから空港に向かうことにしました。


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こちらは精霊教会といってリトアニアのロシア正教の中心的教会の門です。


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教会の外観はご覧の通りですが、その造りからは正教っぽさがあまりうかがえません。正教というとどうしてもあのクーポル(ネギ坊主)を期待してしまうのですが、今回は期待外れでしたね。


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こちらは旧市街の南部にある「夜明けの門」です。もともと9つの城門があったそうですが、現在残存している唯一の門であるとか。


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ご覧の聖母のイコンは奇跡を起こす力があると信じられていて、熱心にお祈りにくる信者が多いとのこと。


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門をくぐって外側から見てみるとこんな感じです。右手に続いている城壁は中世からのもので、1503年からタタール軍の侵入に備えて作られたものだそうです。


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門の上の方にはリトアニアの国章(Vytis)がありますが、ソ連時代にはここでしか見られなかったそうです。


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帰りの便はエア・リトゥアニカというご当地の航空会社を利用してブリュッセルまでひとっ飛び。カウナスにもありましたが、こちらにもリトゥアニカの模型が飛んでいました。


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KGB博物館に行けなかったのは残念でしたが、それを差し引いてもヴィリニュス、カウナス、シャウレイでの体験・出会い・グルメその他は非常に多様性に満ちていたとつくづく思います。何かのきっかけでリトアニアネタの話題が出たら(まずないと思いますが)もう熱く語れちゃいますね(笑)


帰りの飛行機に乗るということは其れ即ち非日常から日常へ舞い戻ること、といつも機内で思うことですが、こんな風にして週末紀行で充電したからこそ平日もがんばろうという気になるもの。「笑点」と「真相報道バンキシャ!」は久しく見ていませんが、また適度に放電しつつがんばっていきましょうね、タワーリシ各位!


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - リトアニア, 15:00
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