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ロシア週末紀行 其ノ一 夢か現かモスクワか・・・
(11月8日のお話)


タワーリシ各位、ブリュッセル国際空港から東(ひんがし)の方角に向かい、ごくごく僅かに北よりに約3時間半飛行するとどうなるかご存知ですか・・・?



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はい、そうです、モスクワに到着します。


というわけで、「いや〜今年は夏にまとまった休みを取らなかったんですよねえ」なんていって過ごしてきた9月、10月でしたが、10月の頭くらいにかくかくしかじかで「もう我慢ならねえ、モスクワ行ってくる・・・!」ってな具合の心持ちになったもので、こちらの旅行会社に恐る恐る電話をかけ、「アレがまだなんで色々大変ですが、アレの取得をよろしく」と、尊敬するZ氏みたいな感じでパスポートを預けたものの、すっかり忙しさにかまけていた10月の下旬、それは突如としてやってきたのです。そう、それはロシア・ビザ・・・


杉原千畝がユダヤ人のために腕に湿布を貼り貼りビザを書いた話はとても有名です。もちろん今回は6000人の命のビザとはまるで重みが違うことは承知していますが、それでも私にとってこのロシア・ビザは一際輝かしく、ロシアという夢を現実にしてくれる、まさに「切り札」のように映ったのです・・・ま、電話したぐらいで他には何もしてないけどね(笑)


もちろん手数料なんかはかかるのですが、こうも簡単にビザが取れてしまうものかと些かの驚きもありました。留学した時分は年始1月に申請して発給されたのが出発日4月1日の2日前の3月30日とかだった記憶があったものでなおさらです。


今回利用した航空会社はもちろんアエロフロート・ロシア航空・・・ではなく、地元?ブラッセル・エアラインです。到着空港は北部のШереметьевоシェレメチェヴォ空港・・・ではなく、南部のДомодедовоドモジェドヴォ空港なんですね。


11月も月初から忙しくてヒイコラ言っていたのですが、「まあ何とかなるさ」という世に有名なニチヴォー精神を実践し、幾枚かの衣服と靴下のみを持って搭乗した飛行機の機内。旅行者のバイブルである「地球の歩き方 ロシア」とこの一か月朝晩の車中で聴きながら音読を繰り返してきた「ロシア語リアルフレーズBOOK」をとっかえひっかえしながら過ごしていたところ、なんと到着時刻より約1時間も早い状態で着陸体制に入りました。私は必ずと言っていいほど窓側の席を取り外を眺めたり見下ろしたりするのが好きなのですが、着陸前にいつものように窓から外を見ると白樺の林が見えたのです・・・!


ご存知の方も多いかもしれませんが、リャザン県出身のかの有名なセルゲイ・エセーニンСергей Есенинが"Белая берёза, под моим окном,"と詠んだように、ロシアと言えば白樺、白樺と言えばロシア、ですよね。白樺ジュースなんてのもあるくらいですから。


着陸した瞬間、「なんてこったい、僕は本当にロシアに来てしまったんだ・・・ロシアってのは皆が見てる夢じゃなかったんだ・・・」と感激を覚え、留学時代の喜怒哀楽が思い起こされてロシアに入国する前から泣けてきたことを読者諸君には正直に言明せねばなりますまい。


いよいよ飛行機から降りてじ〜んとした心持ちで歩みを進めていくと・・・そこに待っていたのは、そう、眩いばかりのロシア美女、ではなく、恐ろしいばかりの行列でした・・・折角の感動が台無しになるくらいのね!こないだキエフに遊びに行った時はすぐ入国できたのに、やはりモスクワは本場ですね。あるいはシェレメチェヴォだともっと早いのかな?結局牛歩戦術でじりじりと前進していたところ、入国審査を通過するまで1時間10分ほどかかってしまいました。ロシア人とベラルーシ人はどんどん特別窓口から入っていったというのに・・・これが愛らしいロシアの洗礼ですかね(笑)


人を送りに来たことはありましたが自分で利用するのは初めてのドモジェドヴォ空港。施設は欧州の空港とまったく遜色ないか、むしろ綺麗なんじゃないでしょうか。タクシーの呼び込みは結構いましたが、空港とパヴェレツカヤ駅を45分でつなぐ「アエロ・エクスプレス」なるものの存在を事前に知っていたので、そちらで移動すべく切符を買ってホームへ移動。「アヂン(一枚)」と言うだけなのに何だか緊張すらしました(笑)


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こちらがアエロ・エクスプレスのプラットフォーム。切符の端のバーコードを読み込ませて入場する形になっていました。1日にかなり多くの人の往来があるのでしょうね。


今晩は大学2年の時からの友人であり同志であるミーシャと奥さんのアリョーナと会う約束をしていたので、取り敢えず無事にモスクワに到着したことをSMSで知らせました。


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ドモジェドヴォ空港は、モスクワ州ドモジェドヴォ市にあります。


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空港の建物自体も周辺も整備が行き届いているのですね。2011年にこちらでテロがあった際には"Комсомольская правда"の記事を夢中で追いかけていたのを思い出します。


「何だか天候のコンディションはベルギーよりもいいぞ・・・」と思っていたら列車が来たので早速乗り込みました。


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エクスプレスの内部。非常にキレイで明るいです。車内販売のお兄さん、お姉さんも愛想は悪くなく快適な列車の旅でした。


パヴェレツカヤ駅に着いたらメトロに乗り換えます。ホテルはベラルースカヤ駅の近くなので更に約20分程の道のりでしょうか。


留学していた時分には地下鉄に乗る際に、以下の事項を常に心がけ、摺り足で行動していた記憶があります。


1)あまり線路側を歩かない(中国人と勘違いされて憎まれた挙句、線路に落とされるのを回避するため)


2)周囲あるいは入線してきた車両にスキンヘッド型のヘアスタイルの輩がいないか確認する(ネオナチズムの信奉者からの襲撃を回避するため。上記ヘアスタイルにあてはまる善良なナロードの皆さんごめんなさい!)


3)周囲あるいは入線してきた車両に狂信的なサッカーファンがいないか確認する(自分の応援していたチームの成績がよくないことでムシャクシャし、中国人でも日本人でも、とりあえずアジア人をぶん殴ってスカッとしたい、という気まぐれによる襲撃を回避するため。善良なサッカーファンの皆さんごめんなさい!)


4)家族連れなどの近くに留まる(傾奇者にもモラルはあるだろう、と当てにするため)


5)その他、思いついたらご投稿下さい。


・・・などなどの項目を常に注意していたはずなのですが、今回久しぶりに再会したモスクワメトロはこぎれいで明るく、警察が車両内のパトロールなどを行っている始末。安全な市民生活のためには大変よろしいことと思いますが何だか拍子抜けしてしまった気すらします。


そしてこれは確認したわけではないのですが、明らかにエスカレーターの速度が落ちましたよね!?私はあのスピーディに地下深くに潜れる感じが好きだったのですが、やはり外国人訪問者に配慮してのことなのでしょうか?核シェルターを前提に設計されたと言われるモスクワ・メトロは独ソ戦の際には防空壕の役割を果たし、空襲を避けてメトロ敷地内で217名の赤ん坊が誕生したなんて書いてありましたが、このスピード減は外国人訪問者の増加によるものなのか、安全基準でも変わったのか、はたまた私自身が年齢を重ねてスピード感覚が変わってしまったものなのでしょうか・・・?


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そんなことを考えていたら無事メトロの駅「ベラルースカヤ」に着きました。地下鉄だと「ベラルースカヤ」ですが、ご覧の通り鉄道ターミナル駅になると「ベラルースキー」となります。何だか駅の周りも随分きれいになってしまった感じがしますが、夜だからですかね・・・?


駅のすぐ前にはかの有名なトヴェルスカヤ通りТверская улицаの延長である1-я Тверская-Ямская улицаという通りが駅のすぐ近くを通っているのですが、ホテルはその通り沿いにありました。


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通りもなかなか広いだけあって交通量もかなりのものです。そして通りの向こうに見えているのは・・・


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そう、皆様よくご存じのアエロフロート・ロシア航空のネオンサイン。今回ブラッセル・エアラインを利用してしまったお詫びに?年末の一時帰国の際にはしっかりとシェレメチェヴォ経由で帰らせてもらうから許してね・・・ってなんの埋め合わせですかね、相手は恋人ではなく航空会社です(笑)


早速ホテルに着いてチェックインをしましたが、フロントのお姉さんの愛想のいいことといったら!言葉はロシア語でしたが応対はもはやヨーロッパレベルですか・・・まあホテルにも色々なレベルがあるでしょうから、サービスもそれに応じてピンキリなのでしょうかね。


荷物を置いて一息ついた後は、予め到着を連絡しておいたミーシャ夫妻にいよいよ会います。すぐ近くのホテルをとってくれていたようでロビーに着いたとのことでした。メールなどではやりとりしていたミーシャですが、会うのは約1年振り。昨年末にたまたま日本出張に来ていて飲んだりボーリングしたりしましたが、私が知る限りニジニノヴゴロドで一番の日本語の使い手であったラスト・サムライは特に変りもなく元気そうで本当に安心しました。


再会をしてお土産なんかを交換した後には、とりあえず夕食でも食べながらじっくり話でもしよう、ってな具合に街の中心に向かって散歩にでかけました。街歩きの途中ではあれやこれや話をしつつふらふらと歩みを進め、何件かレストランを覗いたところで行き当たったドイツ料理レストランに腰かけました。


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モスクワ中心部に近づくにつれて交通量もどんどん増えていきます。通り沿いなんかは随分きれいに掃除されているようでした。


ドイツ料理レストランではビールを飲んだりババリア風ソーセージをつついたり、なぜかロシア料理のメニューもあったのでおつまみを頼んだり、料理はもちろんのことミーシャ、アリョーナと近況報告をしつつДушевно разговаривать、つまり「心の底から語る」みたいなことが出来たので大変有意義でござんした。ミーシャとは大学2年生の時に知り合ってからの日本・ロシアで遊び歩いた関係に加え、アリョーナとも通算で7〜8年の関係があるので本当に懐かしかったり新しい話があったりと、あっという間に時間が過ぎてしまいました。2人も現在の環境下で一生懸命に頑張りつつも充実した生活が送れている様子が伺えたので嬉しい限りでした。


レストランを出た後もなんだかんだで街歩きをしていたらプーシキンスカヤのあたりまで歩いて行ってしまったので、帰りもゆっくりと戻って来ました。とりあえずモスクワ1日目の夜はゆったりと過ごし、明日からの友人・知人との再会に備えたいと思います。と言うのも今回は観光というよりは「再会」に重きを置いている旅なので、たとえ短時間でも会うチャンスがあれば貪欲にトライしていこうというのが旅のテーマなのです。


ミーシャたちと別れてホテルに戻った後は早速就寝。今日は別に深酒もしなかったのでゆっくり睡眠を取って明日のタワーリシ各位との再会に備えるのみです。


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地下鉄マヤコフスカヤ駅駅前にてパシャリ。凱旋広場には駅の名前の通りロシア・アヴァンギャルドの詩人マヤコフスキーの銅像が立っています。その後ろに見えるのはホテル・ペキン。この辺りはチャイコフスキー音楽院やらモスソビエト劇場やらに来るために結構うろちょろしていた場所だけに懐かしさがひとしお募りました・・・


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - ロシア, 21:29
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ロシア週末紀行 其ノ二 夢も現もモスクワに・・・
タワーリシ各位、長く思われた1週間もいよいよ週末まであと1日ですね・・・今日は久しぶりにロシア的退社を決め込んだので週末モスクワ紀行の続きを更新しますよ・・・


(11月9日のお話)


朝起きてみるととってもいい天気でした。ブラッセルよりコンディションがいいってのも頷けてしまうくらいの空です。


ミーシャとアリョーナと合流して早速我々は街歩きを開始しました。今回の旅は「再会」が主な目的なので、友人や知人に再会することが出来れば場所はどこでもいいんですが、どこに行こうかってな話になったので思わず「まずは劇場をみにいこう」と提案しました。ということで早速ベラルースカヤ駅(Белорусская)からメトロに乗ってチアトラーリナヤ駅(Театральная)を目指します。そうです、この名前の通り劇場広場ってのがメトロ駅を上がってすぐのところにあるのです・・・


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はいっ!というわけで私が是非とも見てみたいと思っていたのがこのボリショイ劇場の本館です!私がモスクワにいた時分は改修中だったのですが、2011年に漸くオープンしたのです。私は新館に1回だけ行ったことがあるのですが、その時の演目は「蝶々夫人」。正直言って眠かったのを覚えています・・・(笑)


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ボリショイに向かって右手には、ЦУМツム(中央百貨店)がありますよ。冷やかし程度に入ったことは何回かありましたが、買い物をしたことはありません。今回は入りませんでしたが、きっと何もかもが高いんでしょうねえ・・・


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あまりにも空が綺麗なのでボリショイの写真を何枚も撮ってしまいました。


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劇場広場1番地!


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ボリショイ劇場に向かって体を90℃右に傾けると、そうです、マールイ劇場が見えます。こちらは別に形がまあるいわけではなく、ボリショイ(大きい)、に対しマールイ(小さい)という意味の劇場なのです。ボリショイ劇場ではオペラやバレエを演るのに対し、別名で「オストロフスキーの家」とも言われるこのマールイ劇場は演劇の劇場です。つまり、私にとってはこちらがまさに聖地なのです。駆け出し俳優なのですからこの場所に来ない理由はありませんよね。


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どうやらマールイ劇場は場内の一部と通路を改修中であった模様。一緒に写真を撮ろうと思っていたA・オストロフスキーの像も覆われていました。


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とりあえずKACCAの状況をみにいくよ・・・


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"Горе от ума"のポスターと徒に時を過ごす警備員。ユーリー・ソローミン氏が男前に写っていますが、ファームソフ役でしょうか?


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劇場の座席表を見るだけでワクワクしてきましたよ・・・「どうせ観るならいい席で」をモットーに行動した留学時代を思い出します。


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チケット販売窓口には既に地元劇場ファンたちが列を作っていました。しばし最後尾に並んでマンゾク。


マールイ劇場を出ると、さて次はどこに行こうかって話になったのですが、もういっそのことアルバート通りまで歩ってしまおうってな話になりました。ロシア人はどこへでも歩きでいってしまう逞しい民族なのです(笑)


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劇場広場からОхотный ряд(アホートヌィ・リャト)方面にトコトコ歩いて来ると、Государственная дума(ロシア連邦議会の下院)があります。ゴスドゥーマとか国家ドゥーマとか言われるんですよね確か。トップにはロシア国旗がはためいています。


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こちらで議員さんたちが口角泡を飛ばしながらニェットだとかニチヴォーだとかザズダローヴィェとか言ってるわけですね・・・


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このすぐ近くに天下のモスクワ大学の旧館があって、当時私はロシアCISの日本語弁論大会のモスクワ予選を見に来たことを思い出しました。入り口がわからずに「ここでいいのかな?」とモタモタしていたら後ろからなんと宇宙飛行士の野口聡一さんがやって来たのです!彼はこの日ゲストとして弁論大会に呼ばれていたものの、司会の人が最後まで紹介するのを忘れていたという何ともウッカリな目に遭わされたのでした(笑)


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もう少し進んだところにあるこの建物はかの有名なレーニン図書館です。全ロシアCISの日本語弁論大会の本戦会場でもあるこの図書館、私もかつてリャザンとノボシビルスクのタワーリシ各位が3名出場するってんで、上述のモスクワ予選とはまた別の日に意気込んで応援しにいったことを思い出しました。全ロシアCISともなると出場者のレベルの高さは凄まじく、しかも留学未経験者がほとんどでした。ロシア人や中央アジアの方々の言語運用能力が本当にうらやましいと感じたものです。


ちなみにいつかの記事でも書いたかもしれませんが、その時の大会後の打ち上げでしこたまウォッカを飲んだ上、更に日本食レストランでもアルコールを摂取してから夜行列車でサンクト・ペテルブルグへ向かった思い出があるんですよ。あの晩は友人が入賞したこともあってかなり酩酊して列車に乗り込んだうえ、コンパートメントに鍵をかけて寝ちゃったもんで、翌朝車掌さん(♀)がいくら起こしても起きず、いよいよ「いい加減起きないと、あと5分で列車がモスクワに戻っちゃうわよ!聞こえてる!?」みたいなことを言われて飛び起きたのでした(笑)車掌さん(♀)は"Так хорошо спали?(そんなによく眠れたの?)"なんて大笑いしていたのですが、靴下をはかずに慌てて飛び出したおかげで雪の舞うサンクトペテルブルクの街を石田純一風に闊歩することになったのです・・・寒くて、冷たくて、でも今思い起こしてみると何だかとっても暖かい思い出です・・・(笑)


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さて、そんなこんなでやってきました歩行者天国アルバート通り。ソチ五輪の影響なのか、そもそもモスクワという街がオープンになってきているのか、街のあちこちに英語の看板も見られるようになってきたようです。ただしメトロ内はそうでもないので街中はともかく地下鉄はキリル文字が読めないと結構ハードルが高そうです。


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時期が冬ということもあるかもしれませんが、まだお昼前ということもあり人通りは少なかったです。確かこのあたりにВолконскийというサーモンサンドイッチがとっても美味しいお店があったと記憶していたのですが、どうやらなくなっていたみたいです。移転してしまったのかな・・・?


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お手軽にロシア料理が食べられるカフェ"МУМУ(ムームー)"。日本語だとモーモーですか。МУМУと同じようなロシア料理レストランでЁлки-Палки(ヨールキー・パールキー)というのもあるのですが、私はこっちの方ばっかり行っていました。ボルシチやらシャシリクやらよく頼んでいましたが、何よりも食べ放題のサラダバーを注文することが出来たのが大きかったです。おかげでビタミンはいつも満ち満ちていました(笑)


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「以前はもっと露店もあったし、鳥とか猫とかを連れた方々とかいたんだけどなあ、、」とか思いつつも「そうだそうだ、こんな風になってたんだっけ」と歩みを進めていきますと・・・


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はい。アルバート通りの中頃には、ご覧のワフタンゴフ劇場(Государственный академический театр имени Е. Вахтангова)があります。ここにはチェーホフの「かもめ」を一度だけ観に来たことがあったのですが、主人公のトレープレフが仮面を被っていたり、球体や四面体によるデコレーションばかりで「・・・なんじゃこりゃ?」と思いながら観ていたのをよく覚えています。


ちなみに私は演劇は単なる見習い(ホント?笑)、絵画はズブの素人で専門的なことはコメント出来ないのですが、劇の演出とか絵画なんかにおける象徴とか抽象(印象もそうかな?)というものは苦手です。人によって受け取り方や解釈は如何様にもなるし、よくわからないというのが正直なところです。それよりも写実的というか、劇だと当時の服装や建物の内装・家具などを出来るだけ再現するような様式に惹かれ、このためタガンカ劇場やユーゴザーパド劇場よりもモスクワ芸術座やマールイ劇場により頻繁に足を運んでいました。ところが最近では、例えば19世紀ロシアの生活が忠実に描かれていたとしても当然人によって受け取り方や解釈は様々で、また、例えばりんごが誰が見てもそれとわかるように描かれていても結局各人の捉えるリンゴは様々である、というようなことに思い当たり、?マークが頭の中で増加し立ち位置が少しぶれています・・・


そんなことを思いながらとぼとぼとアルバート通りを歩いていたせいか、もう少し先に行くとあるアレクサンドル・プーシキンと妻ナターリア・ゴンチャローヴァの像の写真もどうやら撮り忘れたようです・・・(笑)


お昼過ぎには赤の広場の中心で学生時代から大変親しくしていた日本人のタワーリシ各位とお会いする約束があったため、ここらで軽くランチでも、と思い辺りを見回したのですが、いざとなると「ここだ!」という所がなかなかない。結局我々が足を踏み入れたのは件のカフェ"МУМУ(ムームー)"だったのです(笑)さっきの写真の場所よりもう少し先にある店舗ですけどね。


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朝ごはんを食べていなかったこともあり、ご覧の通り黒パン、酢漬けニシン、揚げペリメニ、ボルシチ、そしてビールを飲もうか非常に迷いましたがコンポートを頂きました。揚げペリメニなんて初めて食べたのですがこんなものもあるんですね。まあ、その、何と言うか、揚げ餃子ですね(笑)


お腹も一杯になったのでこれで落ち着いて赤の広場に向かうことが出来ますよ。久しぶりのタワーリシ各位との再会が楽しみです!


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - ロシア, 00:30
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ロシア週末紀行 其ノ三 モスクワ街歩き時間旅行
タワーリシ各位、気が付くともう3月です。時の流れの速さを痛感せずにはいられませんが何とか今日も乗り切ったことと存じます。


さて今日はとっても嬉しい出来事がありました。先月から洗濯機の調子が悪かったのですが、ようやくうちに修理屋が来て直してくれたのです。これでまた水漏れの心配なく洗濯をすることが出来ます(ボタン押すだけですけどね)


ここから続くかどうかわかりませんが、もっともっとハッピーな出来事が起こればいいな、なんて思いながら日々を過ごすのも悪くないものですね。というわけで(どんなわけだ笑)モスクワ紀行の続きです。


(11月9日のお話)


レストランМУМУにて空腹を満たした我々はお昼過ぎの待ち合わせ場所である赤の広場へと向かいました。アルバートまでは歩きで来ましたが、戻りはメトロСмоленсая(スモレンスカヤ)からПлощадь Революции(プローシャチ・レヴァリューツィ)へと乗り継いでいきました。


待ち合わせ場所はシンプルに「赤の広場の中心で」なんて話を事前にしていたのですが、いざ赤の広場に行ってみてビックリ。何か大きな建物を設営する準備をしているのか、資材が置いてあったり柵がセットしてあったりで広場のほとんどの部分に立ち入ることが出来ませんでした。そんなわけで赤の広場の中心には行かなかったので、お互いに電話を掛けあって位置を確認し、恐る恐る近づいて行くと・・・見覚えのあるタワーリシ各位たちの顔が幾つか佇んでいましたよ・・(笑)


ミーシャとアリョーナを少し離れたところに待たせておいた私は、はやる気持ちを抑えつつ抜き足差し足忍び足で後ろから接近、、お約束のひざカックンにてご挨拶をし、各位と感動の再会を果たしました!お互い日本にいる時にはたまに会っていたとはいえ、2年以上会わなかったのかな?皆元気そうで嬉しい限りです。


当然皆さま実在の人物なので詳しい記述は出来ないのですが、再会1人目は「ちびまる子ちゃん」に出てくる「佐々木のじいさん」に雰囲気が似ていて柔和で温厚だがロシアに対する想いはとってもアツいタワーリシ。2人目はなかなか似ている人が見つけにくいのですが、(かつて本人も「ちょっとだけ似てると言われたことがある」と話していたと思うのですが)えなりかずき君の身長を伸ばし、8:2か7:3でイケメン:えなりを調合した感じの爽やかなタワーリシ、そして3人目はハクション大魔王に出てくる「あくびちゃん」を8頭身にした感じのバレリーナの方です。ただし!!!これらはあくまでも個人の主観および些か強引なイメージによるものですので悪しからずご了承下さいね(笑)


「やい、散々言ってくれたけどお前自身はどうなんだよ!?」という声も聞こえてきそうな感じがしますが、私はというとメガネを外すと皇室の愛子さまに似ていると言われ(本当は愛子さま「が」こちらに似ているんだけどね)、全体としては遠くから見ても近くから見てもクマみたいな感じと言われます。想像で似顔絵を描かねばならない機会などがあった際には以上の情報を参考にして頂ければと存じます(笑)


一通り挨拶やら何やらを済ませた後は、ГУМ(Главный Универсальный Магазин. グム百貨店 http://www.gum.ru/ )の内部をウィンドウショッピングしてみたり、かつて日本で一世を風靡した「クリスピー・クリーム・ドーナッツ」にて激レアマトリョーシカタンブラーを購入(ドーナツには触れず)したりして準備運動をしました。ГУМの中の種々のきらびやかな内装はもちろんのこと、24時間営業のお惣菜屋?のようなお店があったのが驚きでしたが、他の街中のお店も含めモスクワでも24時間営業のお店がどんどん増えてきているんですね。


途中、今回赤の広場が制限されていたのはスケートリンクを設営するためじゃないかという話になり「ははあ、なるほどな・・・」なんて思ったりもしたのですが、後日ニュースで巨大なルイ・ヴィトンの建物が赤の広場に出現した記事を見つけ、「ははあ、そっちだったか・・・」という思いをしました。今回の主要テーマは「再会」であるので行く場所はどこでもいいのですが、準備運動を終えた我々は提案に従ってモスクワ大学近辺に行くべくメトロ駅を目指しました。


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国立歴史博物館の脇です。ここには同志レーニンやゴルバチョフ書記長などのそっくりさんがよくいらっしゃいますので、興味がある方はいくらかのルーブルと引き換えに写真撮影をしてもらうのも一興でしょう。


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マネージ広場近くには「・・・これは夢か・・・?つまるところここはソ連か?」と思うほどの行列が出来ていました。どうやら広場の中央展示場でロマノフ王朝400周年の記念展示が為されており、それを観るためにこれほどのナロードが大挙していた模様です。


我々はメトロにてВоробьёвы горы(雀が丘)へと向かいました。雀が丘はモスクワ大学の裏手に広がっていて、そこからは街を一望出来るんですよね。結婚したカップルが写真撮影をしに来たり、観光客向けの露店なんかも出ていて暖かい時期には大変賑わう場所です。


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Воробьёвы горыで下車して川沿いを歩いて行きます。実は私はこの駅では下車したことがありませんでした。モスクワ大学側からはぶらぶら歩いて雀が丘に行ったことはあったんですけど。


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モスクワ川沿いの道路にはジョギングやサイクリングを楽しむ人、犬の散歩をする人、我々のようにあーでもないこーでもない言いながら蛇行する人など様々な人の往来があります。途中、鉄棒がある場所でロシア人対日本人の懸垂合戦もあったみたいですよ。結構名の通ったホテルの名を冠した遊覧船が出ていた模様ですが、この時期はともかく夏季のモスクワ川クルーズはとても気持ちがいいものでしょう。


川の方に向かって背中側は一帯が丘になっていて、運がよければケーブルカーで登れる模様ですが、どうやら我々は運が悪かった模様(笑)ケーブルカーは運転していなかったので徒歩にて山道をトコトコ上がって行きました。山道の途中には遊具があったりして、結構行き交うナロードも多いです。


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でました!これが世に有名なロシアの白樺です・・・「白樺とわたし」ってな感じで何名か写真を撮影していた模様ですが、やはりアリョーナを見ているとロシア人女性の写真の撮られ方は大変うまいな、というのを実感しました。


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ロシアでは珍しい?きちんと分別出来るくずかご。ロシア人の意見では捨てる段階でこうして分別していても、ごみ収集車が回収に来る時点で全てごっちゃになる、とのこと。


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「な、なんちゅう可愛さや・・・」と思わず言いたくなってしまいますが、ロシア人の子供は本当に可愛いですね。男の子、女の子関わらずこのような宇宙飛行士みたいな格好をしていて微笑ましくなります。


我々は、というか我々の一部は、日頃の運動不足もたたって些か息を切らしながら丘を上がって来ました。


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丘の上から見たルジニキ・スタジアム Олимпийский Комплекс «Лужники»です。留学していた時分はここが"Звёзды на льду"(氷上のスターたち)というアイスダンスの番組会場になっていて、毎週金曜日だか土曜日だかの放映でかの有名なエフゲニー・プリュシェンコとイリーナ・スルツカヤが司会を務めていたのをよく覚えています。


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「雀が丘スモールヒル」ですかね。羽があるのに敢えて封印してスキーのジャンプに挑戦する雀ってのが素晴らしいです。そもそも雀をキャラクター化した例は極めて少ないのでは・・・?


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こちらが「雀が丘ラージヒル」ですね。未来のオリンピック選手たちも鍛錬していることでしょう。


しばしの間うろちょろした我々は、モスクワ川とは反対の方向に歩みを進めました。そう、つまりあのバベルの塔・・・ではなく、モスクワ大学本館の方角へ向かっていったのです。


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はやる気持ちを抑えて右足と左足を交互に動かしていくと見慣れた建造物が見えてきました・・・やはり僕は本当にモスクワの大地を闊歩しているんだ・・・(笑)


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はい、というわけで泣く子も黙るロシアの最高学府ことモスクワ大学Московский Государственный Университетです。頭文字をとって通称МГУ、エムゲーウーってやつですね。スターリン様式の代表作と言われる建築物ですが、頂上の方ってどうなっているんでしょうね?学長室とかどのあたりにあるんだろう・・・


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キャンパスの近くまで歩いていくと、ロシア名物「週末の花嫁」がいました。こんな風にしてカメラマンを伴ってあちこちの名所旧跡なんかで撮影をする姿が非常によく見られるんですよね。それにしてもここで撮影ってことは卒業生、あるいは在学生かしら・・・?


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何度でも見上げてしまいます・・・私が勉強していたのは学部ではなく外国人用の準備学部(ロシア語教育センター)みたいな機関だったのでこの建物の内部で授業を受けたことはありません。また寮についてもこちらを申請したのですがこことは別の場所にある外国人用の寮になってしまいました。本館のことをГлавное здание、またまた頭文字をとってГЗ(ゲーゼー)というのですが、やはりゲーゼーに住んでみたかったというのは正直なところです。今回の訪問は「ゲーゼー詣で」ってな具合でしょうか(笑)


モスクワ大学の構内に入るには当然Охранникアフランニク(警備員)のいる関所みたいなところで学生証と通行証を見せる必要があるのですが、これが厄介な警備員にあたると「ちゃんとスタンプが顔写真にかかってないからこれは無効だ。君は通れないよ・・・」みたいなことを言われて追い返されたりして、仕方なく反対側の入り口に向かったりした(今ではニンマリしてしまう)悔しい思い出があります。警備員も給料は低い上に退屈しているので、こういうことでもしないとやってられないのでしょうけどね・・・


構内に入ってからも本館寮の各セクターの入り口ではアフランニクが待ち構えており、本館以外に住んでいる者は訪問相手に降りてきてもらって学生証を預けていかねばなりませんでした。このため寮内で夜通し飲み明かしたり宿泊したりすることは出来ないのですが、たまに警備員がお茶を入れるために給湯室に立ったりする時があり、そのような場合は遠くから学生証を見せると本館住みの学生と勘違いして「通っていいよ」みたいな感じで頷いたりすることがありました。こういう機会にあたると学生証を預けずに本館寮に入ることが出来るので、あとは夜通し酒を飲もうが何日滞在しようがお気に召すままです(笑)慣れてくると真面目でチェックが厳しいリーダー格の輩とか、いつもおしゃべりに夢中でチェックが甘い輩とか色々わかってくるのですが、メンバーの顔触れや交代時間などを狙って侵入を試みるのはなかなかスリリングなものでした。つまるところ、本館に住まない学生にとって魅惑のゲーゼー攻略は非常に奥が深いのです(笑)


無事にゲーゼー詣でを終えた我々は最寄りの地下鉄駅、その名もУниверситет(ウニヴェルシチェト)、つまり大学、へと向かいました。この近くにも結構大きな市場があったのですが、今やその面影はなくなってしまいました。ここでシャウルマを買ったり、ブドウやチェリーを買って食べたのはもう二度と戻らない景色なのでしょうか・・・


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駅の入り口の脇にあるこのショッピングモールは以前からありましたが、11月の初頭にご覧の「丸亀製麺」の4号店がオープンしたそうです!天下のエムゲーウーの学生の胃袋にも日本のうどんが入ると思うと何だか嬉しい限りですね。ちなみに僕はうどんが大好きですが、蕎麦のほうがもっと大好きです。


我々はそのまま地下活動を開始し(笑)、アフィモールというモスクワ最新スポット?的な場所へと向かいました。モスクワの地下鉄はキリル文字が読めないと些かハードルが高いかもしれませんが、慣れてしまって使いこなせればどこへ行くにも非常に便利であることは間違いありませんね。


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アフィモールのある駅構内での一幕。ソチオリンピック開催にちなんで健康増進を推進すべく、スクワットを30回やるとメトロ乗車券が1枚手に入るという企画だそうです。ご覧の通りお兄さんが高速でスクワットをこなしていました。東京オリンピックの際にはこれに負けないアイデアが出るでしょうか・・・?


キエフスカヤ駅から新線が出来ていて、その1つめの駅に隣接するような形になっているアフィモールはとても便利で足を運ぶ人も大変多かったようです。


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近隣にはこのような不思議なビルもあります。


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明るくてきれいで、欧米のブランドも勢揃い。その他飲食店や映画館?も入っていて何でもござれ状態です。


だがしかし!こちらにやって来たのは買い物をするためではありません。以下の巨大展示物を見るためです・・・とにかく見てもらった方がわかりやすいと思うので、特にコメントはしませんよ(笑)


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・・・どうでしたか、巨大マトリョーシカは?何故か知りませんが顔がないのが残念ですが、デザインが豊富なのはもちろん、これだけ大きいと非常な迫力があります。この日も多くのナロードたちがカメラを構えてこの展示場を訪れていました。これが常設展示なのかどうか定かではありませんが、まだ見に行ったことがないという方は週末アフィモールへ急いで下さい(笑)


お互い感動の再会を果たし、モスクワの街を息を切らして闊歩し、地下に潜ったり地上に出たりした私たちの胃袋はいい具合に隙間が空いてきていました。ディナーについては事前に「シイタケがなければ何でもいいです」というようなリクエストをしていたのですが、モスクワ組タワーリシ各位からはキエフスカヤ駅近くの別のモール内にあるアゼルバイジャン料理レストラン"Шашлык-машлык"(シャシリク-マシュリク)のご提案が。シャシリクなんて断る理由は皆無ですので一路メトロでキエフスカヤ駅へ。


レストラン内の雰囲気はよく、ウェイターもとっても親切だったので大変楽しい時間を過ごすことが出来ました。我々は手始めにジョッキビールを2杯ほど飲んだり、次のステップとしてアゼルバイジャンの赤ワインを選んでもらったり、お料理の方もなかなかエキゾチックな味付けのシャシリクその他の肉料理を堪能することが出来ました。近況報告やら思ひ出話やら、また再会のみならず奥様各位にも初めてご挨拶をすることも出来たので大変よい機会でした。しまいには「ロシアに来た以上はこれがないわけないよね・・・?」ってな感じでウォッカも登場してしまい、本当に愉快な夜になりました。


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どっちが勝つかは一目瞭然・・・?


帰りは皆様にしっかりとお礼を言ってお別れです。モスクワ組のタワーリシ各位、今回の訪問に合わせてお付き合いくださり、また素敵なお店を提案してくれてどうもありがとうございました(そして、ウォッカに付き合って下さって翌日結構しんどい思いをされた方がいましたら大変すみませんでした笑)


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これが件のメトロのエスカレーターですが、絶対にスピード遅くなりましたよね?モスコーフスキー・メトロポリテーンに問い合わせしてみようかな(笑)


ビール→ワイン→ウォッカと出世魚みたいな感じで飲んでしまったのですが、特に二日酔いになりそうな兆しもなかったのでヨカッタ!翌日もどこに急ぐでもなかったのですが、習慣でホテル近くの24時間マーケットで炭酸水を購入しがぶ飲みしてから眠りに就きました。ひょっとしたら昼間のことが刺激になって留学生活中の大冒険の夢でも見たかもしれませんが、もちろん覚えていません。ウォッカの安眠効果は絶大なのです(笑)


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - ロシア, 06:00
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ロシア週末紀行 其ノ四 雨ニモマケズモスクワを歩ク
タワーリシ各位、お疲れ様です。


人それぞれオーチンハラショーなゴールデンウィークを満喫されたことと存じます。


私は連休を利用してリトアニアに旅行に行ってきたのでブログに書こうなんて思っていたのですが、皆様ご存知の通りこれまでの週末紀行ネタの更新が追いついていないのが現状です(笑)このため、まずはテンポよく記事を更新し実際のカレンダーに追いくことを目標にしますよ・・・


(11月10日のお話)
この日は雨がぱらついていたのですが、ミーシャ夫妻は今日の電車でヤロスラヴリに帰ってしまうので、多少の雨には負けずトヴェルスカヤ通りТверская улицаをトコトコと歩きましたよ。


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プーシキン広場にはその名の通り詩人アレクサンドル・プーシキンの像が立っています。


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Тверская улицаの名の通り、ここをひたすら進んで行けばトヴェリ(Тверь)に到着するんですよね・・・?


この通りはソ連時代にはゴーリキー通りУлица Горькогоと呼ばれていたんですよね。ちなみにミーシャ達の故郷であるニジニノヴゴロドНижний Новгородはゴーリキー市と呼ばれていました。もちろんニジニノヴゴロドはゴーリキーの故郷でもあります。


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ここの本屋には留学中もよく来ていたっけ・・・ここと新アルバート沿いにあるドーム・クニーギィДом Книгиと、キタイ・ゴーラドのあたりにあるビブリオグローブスБиблиоГлобусにはよく通ったものです。


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まだ午前中でしたし天気のせいもあるのか、人通りも車通りも少ない模様でした。


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Тверская улицаをもう少し下ったところには、モスクワの街の建設者であるユーリー・ドルゴルーキーЮрий Долгорукийの像があります。


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1947年のモスクワ800周年の際に建立された、と。ということは今年でモスクワは867歳ということですね。


更に通りを下っていくと、カメルゲルスキー横丁Камергерский переулокという通りがあるのですが、ここはモスクワ芸術座があることで有名な通りですね。


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モスクワ芸術座の隣の建物にある付属演劇学校(Школа-студия МХАТ)。


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そしてこちらが泣く子も黙るモスクワ芸術座です。今回の旅行で観劇も検討したのですが、「これだ!」というような作品があまりなかったんですよね・・・次回は是非とも自分が原書で読んだことのある作品を観てみたいです。


以下、モスクワ芸術座のレパートリーのいくつか。


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ミハイル・ブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」


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アントン・チェーホフ「桜の園」・・・これがやってたら是非観たかった!


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アレクサンドル・オストロフスキー「森」・・・留学中に辞書を引き引き読了した時は達成感もひとしおでした。


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ミハイル・ブルガーコフ「ゾイカの部屋」


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今晩はドストエフスキーの「罪と罰」とゴーゴリの「外套」の上演ですと。どちらもロシア文学の中では有名すぎる作品ですね。


モスクワ芸術座のお向かいには、そう、私の尊敬するアントン・チェーホフ大先生が佇んでおられるのです!


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1896年にサンクトペテルブルグで大失敗した「かもめ」の再演がここでうまくいくか気にしているのでしょうか・・・?


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そして、これってやっぱり新聞を広げたところを表しているのでしょうか?ミーシャとアリョーナにも尋ねてみましたが何だかまとまりませんでしたが・・・


通りをもう少し下っていくと反対側に見えてくるのが下のエルモーロワ劇場。


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ここを通るたびに劇場があるな、とは思っていたのですが結局一度も観たことはありませんけどね。


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マネージ広場の方を見遣るとソチ五輪までのカウントダウンが為されていました。今や五輪も終わり、冬も明け、端午の節句も終わりましたね(笑)


雨もぱらついていましたし、朝から何も食べていなかったこともあり我々はОхотный ряд(アホートヌィ・リャト)の中に入り、フードコートにて腰を下ろすことにしました。


結構沢山のお店が入っていたのですが、選んだのはテレモークТеремокというブリヌィのお店です。


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悩んだ挙句、サーモンのブリヌィにしました。久しぶりに食べたけど、やはり美味しい。他にはサラダ「ヴィネグレッド」と安定の白樺ジュースです(笑)最近はこちらでもベジタリアンメニューというのが流行っているのでしょうか、サラダを頼む際に"Постный?"と聞かれました。なるほど、こう言うのね、と思いました。


胃袋に有機物を入れた我々は再び街に出ることに。ミーシャとアリョーナはお昼過ぎの列車でヤロスに帰るのでそれまでしばし散策を続けました。


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昨日も見かけた「・・・これは夢か・・・?つまるところここはソ連か?」と思うほどの行列です。行列を見かけると興奮するタワーリシ各位もいらっしゃることでしょう・・・


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Романовый Юбилей・・・キリル文字のフォントも色々あってオモシロそうですよね。私のロシア語への興味の第一歩はキリル文字の形と言っても過言ではありません。皆様もオススメの入力フォントがあったら是非教えて下さいね。


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無名戦士の墓。大祖国戦争(第二次大戦)の際に祖国のために命を落とした名もない兵士達に対する感謝の念を示して作られた場所であるとか。


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タワーリシが立っている場所は「ロシア全道路の起点」であるとかないとか囁かれる場所です。ちなみにこの近くには同志レーニンやゴルバチョフ書記長などのそっくりさんが現れますので、旅行者の方はカメラを忘れずにどうぞ。


我々はここから赤の広場方面にトコトコと歩いて行きました。


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やっぱりモスクワに来たらここを観なきゃね!ということで聖ワシリー大聖堂Собор Василия Блаженногоです。この独特のデザインと色遣い・・・初めてここを訪れたのは2005年の夏と記憶していますが、何度見ても不思議な感覚を覚えます。


ちなみにこの聖堂の前の像は、ミーニンとパジャールスキーの像といって1605-1618年のロシア・ポーランド戦争(1605-1618年)の際に国民軍を結成し、ポーランド軍に占拠されていたモスクワを解放(1612年)した英雄的存在であるとか。ミーニンの生まれがニジニノヴゴロド州とのことで、ミーシャ達のふるさとにも同様の像があります。


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クレムリンの時計台。スパスカヤ塔というらしいのですが、クレムリンの公用門であり、大統領もこの門を使うとか。すなわち、ウラジーミル・プーチン大統領も然りということですよね・・・


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泣く子も黙る?グム百貨店。1921年に同志レーニンの命で開設されたとか。ウィンドウショッピングはいいかもしれませんが、いざ買い物をするとなると結構高いんじゃないでしょうか・・・


さて、いよいろミーシャとアリョーナとのお別れが近づいてきました。明日は月曜なので2人は仕事でしょうし、まだこれからヤロスラヴリに列車で戻らなくてはなりません。久方ぶりの再会でしたが元気そうな2人の顔を見ることが出来て何よりでした。


私はというと、今回の限られた滞在期間でイッパイ「会談」を詰め込んでしまったので、ミーシャ達と途中までメトロに乗ってУлица 1905 года(1905年通り)駅に向かいます。


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メトロ駅Площадь Революции(革命広場)の構内にてパシャリ。


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こうして我々は地下へと潜っていきました・・・ミーシャとアリョーナも午後の列車でヤロスに帰るのですがわざわざУлица 1905 годаまで送ってくれました。本当にありがたい限りです。ホームでガッシリと握手をしてお別れ。次はベルギーか、ヤロスか、あるいはニジニで会おうぜ!


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - ロシア, 14:45
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ロシア週末紀行 其ノ五 再会、再会、ひょっとして僕が最下位・・・?
(11月10日のお話)


ミーシャとアリョーナに別れを告げた後、Улица 1905 годаの駅から地上に出ました。


この後の「再会」相手はZ氏といって、留学中に知り合ってからというもの、弾丸帰国の際に東京駅の近くでロシア人と酒を飲んだり、東京で働いていた時分に秘密結社みたいな活動の飲み会でご一緒させてもらったり、そして何よりもソ連コメディ映画の面白さを私に教えて下さった恩人?です。業界で有名かもしれないのであまり詳しくは書けませんけどね(笑)


この駅の近くのヒンカリ屋でヒンカリをかっくらう約束をしていたのですが、ここにきて携帯電話の調子がおかしく、何回コールしても繋がらないという事態に・・・駅前でウロチョロし電波を拾うべく努めたり、電源を切っては入れを繰り返すこと約20分・・・遅くなってしまい恐縮ですがようやく電話がかかり案内をしてもらってヒンカリ屋に辿りつくことが出来たのでした。


ヒンカリについてご参考:「もう我慢ならねえ、ヒンカリ作って食べてやる・・・!」


いやあ、実に2年振りくらいの再会でしょうか、愛娘まで連れて来て下さってすっかりパパになってしまったところを見せてもらって嬉しかったです。我々は早速ビールで乾杯し、ヒンカリを追加で注文したり、ハルチョー(グルジアのスープ)を啜ったりして話に花を咲かせました。


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お店で頼んだケバブの仲間・・・正確な名前は失念しました。グルジア料理に詳しい方、教えて下さい!


日曜日といっても子育て中のパパはなかなか忙しくどんちゃんやるわけにはいきませんでしたが、それでもこうして時間を割いて頂いて本当にありがたかったです。結婚して子供を儲け、しかも海外で子育てなんてとっても大変なこともあるでしょう、、でもきっとそれ以上に楽しいことも面白いこともあるのでしょうね、と、ビールで滲んだ意識の中ぼんやりと感じていたのでした・・・


少し遅いランチを楽しんだ後は、次の「再会」へ。学生時代にホームステイをさせてもらった仲間たちのもとへ向かいます。ホームステイ先というのはモスクワから200kmほど南東の方角にあるリャザンという街だったのですが、初めてのロシアだったこともあって何もかもが非常に刺激的でした。リャザンにステイした後シベリアのノヴォシビルスクでももう1件ステイさせてもらったのですが、色々な場面でリャザンとノヴォシの学生の性格がうかがえてとても面白かった思い出があります。リャザンはモスクワからそう遠くないこともあり、モスクワで暮らしているリャザン人と再会する運びとなったというわけです。


本日集まるのは滞在期間の前半にステイさせてもらったレーナ、後半にステイさせてもらったカーチャ、そしてみんなの人気者兼お調子者的キャラだったゴーシャです。ゴーシャと最初に合流してから待ち合わせの場所へ向かう予定だったので、電話をかけてどこへ行けばいいか尋ねると、今日本食レストランにいるから出来れば来て欲しい、と。


1905年通りから早速メトロで南に下り、ある駅前のタルゴーヴィ・ツェントルすなわちショッピングモール的な建物に入りました。メトロ利用の感覚も戻ってきて、もはやどこでもすぐに行けそうな気がしてきましたよ(笑)


3階に上っていくと、なるほど日本食レストランとは言ったものの若干「?」という趣のお店がある。中に入っていくと安定のアジア系店員に迎えられ、呼ばれた方向を向くと・・・そこにはゴーシャが居ました。そしてその隣にはロシア美女が・・・(笑)


私の中での彼のイメージはロン毛(今はこんな言い方しないか笑?)、メガネ、ゲーマー、の明るくて面白いヤツだったのですが、今は髪の毛は単発、メガネからコンタクトデビュー?そして世にいう「リア充」ってやつはこういうののことを言うのか・・・?と思ってしまうような感じでしたが、ガッシリ握手をして再会。話しぶりは昔のまんまだな(笑)


「いや〜、ゴーシャ、何年ぶりだっけ?」から始まって、お互いの暮らしぶりのこととか、家族のこととか、色々話をしました。ゴーシャのお父さんのルーベンさんはロシア初のエルビス・プレスリーのそっくりさん(ロシア語でимперсонатор)の仕事をしていて、留学していた時分にロシア初のキャデラック販売店がオープンするってな機会にオープン記念パーティに招待してもらった思い出があります。今では引退されてタトゥーを掘っているとか。相変わらずぶっ飛んでいますがお元気なことがわかって嬉しかったです。


他にも色んなことを話したのですが、気がつくと「あ、、これは待ち合わせ時間に間に合いそうにないぞ・・・」という時間に。というわけで早々にお店を出てゴーシャの彼女とさよならし、ゴーシャ・カーのアクセル全開で環状道路を一気に北上。待ち合わせ場所は泊まっていたホテルから程近くの路地裏にある隠れ家的なカフェでした。恐る恐る足を踏み入れてみると見慣れた顔が見えました・・・我々が遅れて到着したこともあり既に皆さんお揃い!


レーナもカーチャも元気そうで何より。お互い満面の笑みで再会を祝します。驚いたことに2人の旦那さんも来ていて紹介されました。そして、たまげたことにレーナは双子の母、カーチャは「もう明日にも出てきそうだよね・・?」というほどお腹がおっきい!それぞれの旦那さんもとってもよさそうな方々でしたよ。


ソフトドリンクとアルコールが入り乱れたおしゃべり会でしたが、カーチャ、レーナ、ゴーシャも長いこと会っていなかったらしく、お互いに近況を伝えあったり、共通の友人がいまどうしているかなどの情報交換をしたのですが、やっぱり話題はホームステイ中の思い出話に自然と集約されていきましたね・・・あれからいったい何年経ったのだろう・・・?まさかこんな形で再会出来るなんて、果たして誰があの時思っていたのだろう・・・?という気持ちです。


それぞれオーチンハラショーな人生を歩んできて変わってないわけはないんだけど、それでもやっぱりあの時リャザンで知り合った僕らの笑顔がそこにあった気がします・・・ビールを飲みながら皆の話に耳を傾けたり、錆びついたロシア語で奮闘してはあの頃みたいに笑っていましたが、やっぱりそれぞれ振るまいとか発言がオトナになってきている部分もあって、もう結婚して所帯を持つステップに(とっくに?)僕たちは差し掛かっているんだなあ、なんてぼんやりと思ってしんみりしてしまう場面もありました・・・


そして、色々と話を聞いていて思ったのは、モスクワであれば出来ないことはない、ということ。きっとお金さえだせばないものもないでしょう。留学中にも何か不穏な雰囲気を感じていましたが、モスクワにはダイナミズムというか、他の場所にはない何かが蠢いていて、ひとたびその流れに乗ってしまえば日本なんかとは比べ物にならない成功とか、富とかを手にすることが出来る。しかしその逆もまた然り。何をするにも極端な街といった具合です。


みなさまオトナなので(笑)流石に日曜の夕方にお上品にお茶をしたに留まりましたが、色々とよろしく伝えて欲しい相手の名前を挙げてもらってお別れをしました。次に会えるのはいつかな?次回は文字通り「家族ぐるみ」のお付き合いが出来れば嬉しいのですが・・・カーチャは間もなくお子さんが産まれるし、レーナは双子の育児に大忙し、ゴーシャはこの日の前日に「ヨリを戻した」らしい彼女のケアに奮闘(笑)とのことですが、それぞれの暮らしがこれからもオーチンハラショーであることを願わずにはいられません。私自身もいつまでも安穏としているわけにはいかないのですが・・・(笑)


夕食は特に予定がなかったはずなのですが、少し前に登場したえなりかずき君の身長を伸ばし8:2か7:3でイケメン:えなりを調合した感じの爽やかな先輩からお誘いがあったので、ありがたくこれをお受けしお宅の近くへと向かいました。といっても帰り道にゴーシャにメトロ駅Смоленсая(スモレンスカヤ)の近くで落としてもらっただけなんですけどね。


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スモレンスキー・パッサージュ。欧州でいるギャルリーみたいなもんですかね。暗くなってからこの辺りに来たことはなかったのでなんだか新鮮でした。


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泣く子も黙るロシア外務省。ご覧の通りこちらもスターリン建築様式。27階建てですって。


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今晩はご夫妻の提案によりモスクワにてスシの洗礼を受ける運びとなりました。ご覧のイル・パチオ(Ил Патио)もプラネタ・スシ(Планета Суши)もチェーン店ですが、スシ屋の方はこれまで入ったことはありませんでした。イル・パチオの方は留学中にもよく行っていたのですが、泣いたり笑ったりのドラマがあるのでここでは敢えて書きません(笑)


お店に入ると2階の席に通されたのですが、割と空いていておしゃべり・お食事・アルコールを好き放題楽しむことが出来ましたよ。


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ああだこうだ言って色々注文した結果出てきたのがこんな感じのスシです。板さん?と思われる輩も安定の東洋人顔をしていました。味は悪くなかったですよ。


えなりセンパイとは大学は違うものの学生時代から親しくして頂いており、カラオケで熱唱する華原朋美には定評があることで有名でした。なんだかんだで社会人になってからもオフィスが歩いて5分くらいの距離にあったもんで、お昼のチャイムと同時に付近のカラオケ屋を目指して夢中で駆け抜け、いわゆる「昼カラ」を何回か一緒に楽しんだ間柄です。「昼カラ」に行くリーマン稼業の方がどれだけいるか存じ上げませんが、昼カラは限られた時間の中で実施する上昼食の摂取も同時に行うため、基本的に1番を歌い終わった時点で演奏中止、相手が歌っている間にパクパクする、といったなかなか忙しい試みです。実は弊社の昼休みは45分間だったので結構大変でしたが、それでもカラオケに行った後の午後は業務効率が改善した気すらしました。


そんな楽しい思い出の数々もあったもので、奥様も含め非常に打ち解けリラックスした状態でスシと歓談を楽しむことが出来ました。お誘い頂いてまっことありがとう存じます。


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ええっと、スクリーンに映っているのはかの有名なオバマ大統領・・・んなわけあるかい(笑)当地でアメリカの話題は禁物でしたね(なんて言ってるけど、ホント?)ロシアではよく音楽番組の間なんかに視聴者から届くSMSメッセージを放映していて、この時もノロケメッセージとか、小生に対する励ましメッセージとか送ってもらってハラハラしたりして楽しかったです。


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散々楽しんだ帰りには近くのメトロまでお見送りをして頂いてありがとうございました。おまけにシャウルマをテイクアウトでご馳走になりまことに恐縮してしまいました。もしえなり夫妻がベルギーに旅行に来た際はムール貝を少なくとも2キロはお土産に持たせたいところです(笑)


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地下鉄スモレンスカヤ駅の構内。モスクワの地下鉄駅巡りは人もまばらになる午後9時以降がいいなんて言われていますが、強ち冗談ではありませんよね。それぞれの駅によってその名前にちなんだエピソードとかバックグランドがあると思います。こうしたリサーチが出来るモスクワ在住のタワーリシ各位がうらやましい限りですね!


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周りからの評価はいざ知らずですが、自分としては結構お酒に強いつもりなので結構しっかりした足取りで最寄り駅までたどり着きました。タイトスケジュールな1日でしたが、刺激に満ち溢れていれ本当に楽しかったですよ。ホテルに着いてからは例の如く炭酸水をがぶ飲みしてから眠りに就きました。この時点で2日酔いの兆候は皆無です(笑)


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - ロシア, 06:00
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ロシア週末紀行 其ノ六 さらばモスクワ、今後も太く長いお付き合いを!?
(11月11日、ポッキーの日のお話)


いやあ、昨日は若干タイトスケジュールだったかもしれないけど、それぞれ楽しめてよかったなあ・・・なんて目を覚ましてから思いましたが、朝のうちは少しのんびりしてお昼前にホテルを出ました。そのまま地下に入ります。


本日は学生時代のロシア語学科の同期♀2名とランチの予定があったため、地下鉄Проспект мираにて下車、摺り足で15分程歩いて待ち合わせ場所に向かいました。身分証明をした後にいとやんごとなき場所に入ると、なんと待合室に通されてしまって恐れ入ってしまいましたが、しばらく待っていると知った顔が1人、2人とお越しになった!何だかビジネスの場での再会のようで不思議な気分でした。


昼休みも限られているのでそのまま歩いてすぐのレストランに腰かけ、暮らしぶりやら思い出話やら、要するにあれやこれやとおしゃべりを楽しんだ3匹。今日は月曜日なので当然お2人はお仕事。お忙しい中ランチの時間を割いてくれて本当にありがとうございました。お2人はモスクワ暮らしを満喫されている様子で、日々活躍している同志の勇姿を見ることが出来て私も大変嬉しかったです。


ランチが終わると皆様お仕事に戻られるため、再会記念にと、いとやんごとなき建物の前で3人でパシャリ。やっぱり同期っていいものですね。必死で格変化や詩を暗記したり、人様のおうちをシャシリクの下拵えの匂いで充満させたり、チューハイ2本で気持ちよ〜く酔えたあの頃(まあそれもごく初期の頃だけかな笑)が懐かしく思い起こされますが、またロシアか、日本か、他のどこかで会える日を楽しみにしています。


さて、私も午後には趣を変えて仕事絡みの地下活動・諜報活動・プロモーション活動に従事します(笑)まあ、こちらは休暇中の身なので大したことはしませんでしたが、チョコをお土産に持って某所を訪ね、挨拶やお辞儀なんかをしていくつかの再会を果たしました。


夕方からは日本式の宴に混ぜて頂いたのですが、そのまま終わるわけもなくモスクワ・アンダーグラウンドの入り口まで到達し、今晩ばかりは浴びる程飲んでしまいました・・・ウォッカとのチャンポンが非常に心配でしたが、それもどうでもよくなるくらいにね(笑)


(11月12日のお話)


翌朝目を覚ますと、「2日酔いは大丈夫か!?」と言う声が聞こえた気がしたのですが、若干体はだるいものの頭痛やら吐き気やらはナシ!よくぞ無事に覚醒したものです(笑)


モスクワに来てからあっという間に4日間が過ぎ、色々な再会をし、色々な場所を観てまわることが出来ました。午前中には特に予定を入れていなかったのですが、お昼前に某オフィスにて昨晩の宴に対する御礼と挨拶のみしてきました。


今日は友人のロシア人アルチョム(学生時代からお互い知っており、現在モスクワ勤務。何だかんだでよく連絡はとっている)とランチをして、夕方の飛行機でブリュッセルに帰ります。


そんなわけで我々がやってきたのは、そう、まさか食べる機会が来るとは思っていなかった「丸亀製麺」です!(一応URLのせときます笑 http://www.marukame.ru/)


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こちらは地下鉄アエロポルト駅のすぐ近くにある店舗。


中に入ると店員の皆さんが大きな声で挨拶をされて驚いた程です。日本でも何回か食べに行ったことがあるこのお店ですが、最初にうどんを注文し、あとはレジに向かいながらお好みのトッピングやら料理やらを取っていくのは同じですね。日本式の教育が行きわたっているというのでしょうか、皆様愛想もよくはきはきとしていてロシアにいるのが信じられませんでした(笑)


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少しお昼を過ぎた時間だからそれほど混んでないかと思ったのですが、どんどん人が入ってきていました。私はうどんは大好きですが、それ以上に蕎麦が好きです。でもうどんが大好きなことに変わりはないので、ロシアでうどんが大人気なのはとても嬉しいです。


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私はご覧の通り、温玉ぶっかけうどんとイカ天、トリ天を頼みました。これで320ルーブルですので1000円弱ってとこですか。お味は普通に美味しい・・・ただし麺のコシが若干日本に比べて弱いかな、と感じたくらいです。


それでも1000円弱でこのサービス・早さでこの味を食べられるとなると、モスクワの他のレストランの価格や質を考えると人気が出るのは不思議ではないですかね。


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こちらは2013年秋冬メニューなので、もうだいぶ新しいメニューが出て来ているかもしれませんね。恐らく日本にはないトンコツうどんというのがあったのには驚きましたが、私の後ろの人が頼んだところ品切れみたいなこと言われてましたので大人気メニューなのでしょうか・・・?


ゆっくりランチを楽しんだ、と言ったってたいした時間じゃありませんが、同じく平日なのに時間を割いて少し遅めのランチに付き合ってくれた友人に感謝です。飛行機まではまだ時間がありますが、来た時と同じくパヴェレツカヤ駅からアエロエクスプレスに乗ることを考えると少し忙しいかな?といった時間だったので我々は「また連絡するよ」とガッシリ握手をしてお別れ。メトロ入口まで見送ってくれてどうもありがとう。


タクシーなんかを使うと渋滞にはまり込んでしまった場合タイヘンですが、そこは安心のモスコーフスキー・メトロポリテンですので約20分程でパヴェレツカヤ駅に到着。いよいよモスクワを去る時が近づいてきました。


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駅構内はかなり綺麗に改修されている部分もありました。急行列車の切符窓口もご覧のようにゆるキャラもいてファッショナブル?です(笑)


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これに乗りさえすればとっても快適にドモジェドヴォ空港までひとっ走りですよ。


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アエロエクスプレスに乗り込む前に駅舎の方を振り返ると大きくМОСКВАの文字が見えます。ロシアもモスクワも、僕たち皆が見てる夢じゃなかったんですね・・・(笑)


次にどんな形でこの地を踏めるかはわかりませんが、モスクワの街がどんどんオープンになってきていることを今回の滞在で感じました。久しぶりに観光名所や料理を満喫出来たのはもちろんですが、やはり私にとってはこの5日間のオーチンハラショーなタワーリシ各位との再会が何より嬉しいイベントでした。こうした友人・知人との関係をこれからも大事にしつつ、広げていきたいものですね。色々とモチベーションアップにもつながりましたし、自分の身の上を考えるヒントになるようなこともあったので、ブリュッセルに戻ってからの生活も相変わらずヒイコラ言いながらも頑張れそうな気がします。


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というわけで、今回の旅で関わった全てのタワーリシ各位、バリショエスパシーバ!もしベルギーに来られる際は歓待させて頂きますのでご連絡をお待ちしていますよ!


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author:駆け出し俳優, category:週末紀行 - ロシア, 19:23
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